ミノリ町編

第88話「ミノリ町に着いた」

 その町は異質だった。俺は確かに地図を見て町に向かって歩いていたはずだった。しかし目の前にあるのはなんだろう? 一面の畑にしか見えないのだが……


 家が密集している様子が遠くからでも分かるのだが、見えているということは町を囲むものが無いというわけで、そういう例が無いわけでもないがたいていの場合は住居と町の外のあいだに深い堀を掘るなど多少の自己防衛をしているところがほとんどだ。


 村であればそこまで予算が回せないという事情もあるのだろうが、地図には『ミノリ町』としっかり書かれている。


 どこか別の町にたどり着いてしまったかとも思ったのだが、地図の位置はしっかりと自分の位置の計算と合致する。そして村と呼ぶには住居群はあまりにも大きかった。おそらくそういう村なのだと思われる。


 入ってみれば分かるだろ……


 町に向けて歩を進めるのだが、道が直線になっておらず畑の形に合わせた道になっているのでそこそこの距離を歩いた。


 町には看板も出ておらず、ギルドは石造りの建物だが、他はほとんど木造建築だった。石切り場も見当たらないので加工しやすい木材を使ったのだろう。


 なんにせよギルドがわかりやすいのはいいことだ。ちゃちゃっとギルドに顔を見せて宿を決めよう。


 ギルドの前には『ミノリ町ギルド』と木彫りの看板が出ていた。どうやら看板まで素材にこだわることは出来なかったようだ。


 ドアをくぐってみると民家を少し立派にしたような大きさにテーブルと椅子がいくつか並んだ光景が広がっていた。時間だからという理由もあるかもしれないが、それにしても人数がほぼ居ないというのは閑散としすぎだろう。


 受付に向かう途中でクエストボードを見たが依頼の絶対数自体が少なかった。おそらく大量に受注があったのではなく元々少ないのだろうとは察することが出来た。


「初めまして、クロノです。旅人をしています」


 受付の少女にそう答える。実際少女が受付というのは治安の問題があるなら絶対にやらないだろう。十代後半でギルド職員として優秀かどうかは分からないが、実は優秀な人材なのだろうか?


「あっ! はい! 私はギルマスをしているオトギリと申します。当ギルドをよろしくお願いします!」


 見た目なりの実力にしか見えないのだがギルマスもやってるのか……


「ええ……オトギリさんですね。他の受付の方はいませんか?」


「いません! 私一人で運用しているギルドです!」


 まさかのワンオペギルド、しかもあまり強そうにも賢そうにも見えない少女がギルマスだ。


「そうですか、しばらくこの町に留まるのでよろしくお願いしますね」


「こちらこそ!」


 そう言って差し出された手と握手をして今日の用件に入った。


「ところでオトギリさん、この町の宿屋はどこにありますか? 多少の滞在費がかさむのは構いませんから居心地のいいところを教えて欲しいのですが」


 ギルドが特定の店を贔屓するのはいいことではないが旅人に宿の紹介くらいはしてくれる。そこにリベートが絡むかどうかで宿の良し悪しが決まるのだが、この小さなギルマスにはそれを計算するほど計算高い少女には見えなかった。


「はい、宿ですね……ええっと……この町の宿では『ナトゥーア』が多少高いですが評判はいいですよ」


「ありがとうございます、行ってみますね。ところで一つ質問してもいいですか?」


「なんでしょう」


「ここがその……町には……見えないといいますか……あまり栄えては……」


「ああ、来た人はたいていそう言いますね。それは簡単でこの町が農業で成り立っているからですよ」


「農業?」


「ええ、お酒の原料から家畜の食料まで色々と生産しています。元々は村だったんですがね、生産量が増えて税の支払いが増えたら町として認定されてしまいまして……なにしろその方が領主様に納める税が増えるらしく、あまり悪くは言えませんが儲かっているから搾り取るために町にされたんですよ」


 ああ、人口の割にお金は稼げるという町か。領主ももう少し大目に見てもいいだろうに、杓子定規にルールを適用したのだろう。しかも町になってしまうと村へ格落ちする条件はかなり厳しい。金を巻き上げるときは勢いよく、減税は極めて緩やかに、その制度でこうなってしまったのだろう。


「そうですか、納得はしました」


 謎は解けたのでギルドを出て『ナトゥーア』へ向かった。細かい紙片に地図まで描いてもらったので一晩くらい泊まる義理はあるだろう。


 木製の『宿屋ナトゥーア』と描かれた看板の下がっている他より少し大きい家が宿屋らしい。


 ドアを開けて中に入ると『いらっしゃい……珍しいね』どうやら客が来るのは珍しいらしい。


「一泊お願いしますいくらですか?」


「銀貨二枚、食事付で銀貨三枚だ」


「ではこれで」


 銀貨三枚を置くと主人が鍵を俺に渡してくれた。


「あんたも物好きだな、こんな辺境に進んでくるやつなんてほとんどいないぞ?」


「変わってるとはよく言われますよ」


 そうして入った客室は掃除が行き届いていて、ベッドと机という最低限の家具だけが置いてあった。


 ここまでの道のりで色々と面倒事を抱えていたせいで俺はしばし睡魔に負けて意識が消えていく中、ベッドが有るという事は野宿よりよほどマシなのだと気づき、溶けるようにまぶたを閉じつつ記憶をはんすうしていた。

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