第97話「収納魔法の弟子志望」
「クロノさん、一つお話があるのですが……」
「絶対迷惑なやつですよね、それ」
話を全て聞かなくてもロクな話題でないことは予想できる。オトギリさんが下手に出るときはたいてい何か後ろめたいことがあるときだ。
「まあまあ、エールでも一杯どうですか。腹を割って話しましょうよ」
「しょうがないですね、目的は何ですか? ドラゴンの討伐? エリクサーの作成?」
「やだなあ、私を信用してくださいよ! 大したお願いじゃないですって!」
「大したことのないお願いはあるんですね……」
「ええまあ、とりあえずエール一杯どうぞ」
「どうも、それで用件は何ですか?」
そう聞くとオトギリさんは一通の手紙をさしだした。
「ギルドあてに届けられたものです」
「これを読んでも?」
「どうぞ」
俺は封書を手に取り封印を開けて読む、封印用の蝋印がこの村のものであったことを見逃してはいない。この蝋印を使えるのは統治者と公共機関だけだ。
『初めまして、私はツツジというものです。この旅は優秀な旅人様に教鞭をふるって頂きこの町に収納魔法を使える人材の増員をお願いしたく……」
「何ですかこれ?」
「平たく言えば町民に収納魔法の使い方を講演して欲しいって事ですね。クロノさんの収納魔法がすごいと噂になったので教えて欲しいと町長のご息女が申し出まして……」
「ものすごく断りたいです。俺は誰かに教えるような人材ではないですし……」
オトギリさんは涙目になって俺に懇願してきた。
「お願いします! この手紙をギルドに出したのが町長のところのお嬢様なんですよ! ギルド的にはこれを断ると大変立場が悪くなるので……」
「知らんがな」
「まあまあ、お気持ちは分かりますが助けて頂けると私が大変助かります!」
面倒くさい……というか収納魔法なんて誰でも使えるだろうが……使えるよな?
「収納魔法なんて教える要素ありますか? 素養があれば誰だって使えると思うんですが」
「無理ですよ! 理論も知らずにポンポン使えるのは天才だけですよ!」
本当か? 収納魔法ごときにそんなに教えて欲しいと手紙を出すだろうか?
「とにかく! 一日だけでいいので町長のご息女に教えてあげてくださいね?」
「報酬は?」
退屈な話だがクエストだと思えば割り切れる。報酬次第で受けてもいいとは思う。
「金貨一枚ですね」
「一日かけてですか……まあ危険性がないならそんなものですかね……」
「ではお願いします! 同意が取れ次第ギルドの演習場で行うようにとのことなので準備しておきますね、それでは明日またギルドに来てください」
うれしそうにしているが、いいように使われただけのような気がして複雑な気分だ。
「しかし、俺も才能の全くない人を使えるようにはできませんよ?」
「構いません、メインゲストのツツジ様は収納魔法がもう使えますから。ただ、ポーチ一個分くらいしか入らないので不便だと常々おっしゃっていますけど」
なるほど、一応多少は使えるのか。なら容量拡張は不可能ではないだろう。
「では俺は宿に帰って参考書類を書いて準備しますね」
「はい、よろしくお願いします!」
そして宿に帰り羊皮紙を前にどう書いたものか悩んでしまう。幸いオトギリさんが数枚羊皮紙を渡してくれたわけだが、何を書いていいか分からない。感覚だけで使ってきたので人に教えることなど想定していない。
「適当でいいだろ……教えるとは言ったけど上達を保証するわけじゃないしな」
雑な根性論を書き綴っておいた。本を読んだだけで魔法が上達してたまるかっての……
魔導の学習に王道はない、地道な努力をしてもらうようにツツジ様とやらには正論を言っておけばいいだろう。
そもそも、収納魔法はまったく使えない人はどうやっても使えないのだから小容量でも使えるだけすごい。そこに気づかずもっともっとと高みを目指すのは自由だが、そこから先は自分で研鑽をするものだ。
俺は『努力あるのみ!』と羊皮紙に書いてそれを参考資料にすることにした。結局それしか無いのだから諦めて頂こう。
ポイと羽ペンを置いて俺はベッドに寝転んだ。できればツツジ様とやらが寛大な人物であることを祈りながら眠りに就いた。
翌朝、羊皮紙をストレージにしまってギルドへ向かった。
「あ! クロノさん! ツツジ様がお待ちですよ!」
「一人なんですか? 教習的なことをするなら何人かいるのかと思ったんですが……」
「ツツジ様が誘った人は皆さん断ったそうです。お嬢様曰く『向上心のない連中』らしいです」
「そうですか……」
余計な向上心なんて捨ててしまった方が楽に生きられるんじゃないだろうかとは思うものの、やる気の無い生徒よりはマシだろう。
「では奥の部屋にお通ししているので失礼の無いようにお願いしますね」
「旅人で冒険者なんてやってる人間にそんな御高尚なものを求めないでくださいよ……」
オトギリさんに文句をつけながら『教室』となっている奥の部屋へと入った。中には二つ机があり、立って使う教師用の机ともう一つの生徒用の机には可愛い少女がちょこんと座っていた。
「先生、ごきげんよう、私がツツジです」
「よろしく、俺はクロノだ」
黒髪にキリッと吊り上げた目尻が強気なのを表しているようだが、一応礼儀というものは知っているらしい。俺相手にでも一応先生という立場を取ってくれているようだ。
「では一応作って置いた教科書を配る」
一応先生らしく一枚の羊皮紙をツツジの前に置いた。それをすぐに読んで渋い顔をしていた。
「もうすこし教科書らしいことを書いて頂けませんか? これではただの精神論では……?」
「そうは言うがね、実際収納魔法の容量を増やすなんてひたすら収納を続けて少しずつ拡張していくしかないんだぞ?」
「先生もそうやって増やしたのですか?」
ああ、勇者どもに荷物持ちをさせられていた頃のことを思い出す。あいつらなんでもかんでも俺に預けておけばいいと思って、平気でその場で捨てるようなドロップアイテムでさえ回収させたからな、おかげでストレージの容量はバカみたいに増えたのだが……
「先生?」
「ああ、すまない、収納魔法の容量を増やすのに腐心していた時代を思い出しただけだ」
「それにしては苦い思い出に出会ったような顔をされていましたが……」
「そのくらい苦労するって事だよ。ハッキリ言って容量拡張は誰でも出来るが苦労はする。容量を増やしたいなら頑張るしかないな」
「どうやればいいんですか?」
「そうだな……」
俺はストレージから必要の無い荷物を取り出す。売れない薬草や空になった酒瓶などだ。
「これを全部ストレージに入れてみるといい」
「こんなにですか!?」
「まあやってみろ」
ツツジは渋々収納魔法を使ってガラクタを収納するが、酒瓶一本で詰まってしまいそれ以上入らないと諦めが来た。
「瓶一つか……それでも十分使えてると思うがもっと上達したいのか?」
「もちろんです!」
一日では不可能だし、ここは手っ取り早い方法を使うか。
俺は自分のストレージから空間圧縮の魔法を使って容量を拡張している鞄を取りだした。
「瓶を出してこの鞄を収納することはできるか?」
「……? まあそのくらいでしたら」
ぎゅうぎゅうとストレージに押し込んでなんとか鞄一つを収納できたようだ。あとは簡単な話だ。
「では今出しているこれをさっきの鞄に詰め込むようにストレージに入れてみろ」
「だからできないと……あれ?」
すいすいとツツジのストレージにガラクタが入っていく。近くで見ているだけでその顔が驚愕に歪むのが分かる。そして最後の一つを収納した時点でポカンとした顔をして俺を見た。
「できちゃいました……!? ええ!? こんなにたくさん!?」
「おめでとう、たくさん入る収納魔法の完成だ。ガラクタは出して置いてくれ。鞄が入っているかぎりたっぷりの収納が使えるから安心しろ」
「ありがとうございます……」
「浮かない顔だな。望み通り収納魔法の上達はできただろう?」
「先生の鞄のおかげじゃないですか……私は自力で強くなりたいのに……」
「ああ、努力をしようという姿勢は立派なんだがな、他にやることがあるのに必要も無いことに血道を上げない方がいいぞ。ツツジはこの町の代表になるべきであってその立場に収納魔法は重要だと思うか?」
「……いえ」
「じゃあ必要無いってことだよ。力の入れどころを間違えないようにな」
こうして俺の特別授業は終わった。オトギリさんに終了報告をしたところ、ツツジから『カバン代です』と言って金貨十枚がギルド経由で預けられていると報酬をもらうときになって聞いた。
俺はこの程度の収納魔法がすごいのかは疑問に思うところだが、報酬がもらえるならそれにこしたことはないのでありがたく受け取っておいた。
「収納魔法がそんなに珍しいかなあ……」
当たり前に使っていたがそれは案外珍しいものなのかもしれない。勇者パーティーに荷物はまとめて部屋に置いてそれを渡しておいたが、あいつらは何の文句も言わなかったし、別に珍しいものでも無いだろう。勇者達が収納魔法を使っているところを見たことは無いが使えるに違いない。だからこそ変なところを評価するのだなと皆の反応は疑問だった。
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