第85話「いつもの旅立ち」
「なんで出て行くんですか!? 私の対応がそんなにマズかったですか? ちょっと思い直してくださいよ! しわ寄せを食らう私の身にもなってください!」
いや……知らんがな。
「俺だって目立ちたがりじゃないんですよ! ここに居たらいくらでも面倒なことを押しつけられるじゃないですか!」
「あなたを送り出したら私が文句をつけられるんですよぅ!」
このギルド、属人化がものすごいんじゃないだろうか? 俺が一人抜けたくらいで問題の出るギルドは欠陥があるといわざるをえない。むしろギルドを経営改革するべきだしその方が効率的で確実だと思う。
「知りませんよ! 俺がどこに行こうが自由でしょう? 国内での移動の自由が保障されているのは知っているでしょう?」
「そういう問題じゃないんですよ! 私の責任になるので困るって事です!」
なんでそんなに俺にこだわるんだよ! ただの一人の冒険者じゃないか。そもそもこの町に入ってきたときだってそんな歓迎ムードじゃなかっただろ!
「とにかく! 俺はこの町を出て行くのでさようなら」
「うぅ……ギルマスに怒られる……」
「誰が怒るだって?」
「ひぃっ!? ギルマス!?」
「クロノさん、少し話し合わないか? 俺はここのギルドマスターのブラッドリーだ」
「ギルマス直々に何の用ですか?」
怒ると怖いのだろうか? グラーニャさんは震えながらこの場から逃げだそうとしていた。
「まあちょっと一杯飲もうや、グラーニャ、葡萄酒を一本持ってこい」
「は……はい!」
その場を離れる理由が出来たのが嬉しかったのかダッシュでおそらく酒蔵の方へと駆けていってしまった。
「さて、クロノ、率直に言おう。あんたの実力が欲しい」
俺はさぞマヌケな顔をしているのだろう。意味の分からないことをいわれてしまって頭の中がぐるぐるしている。
「えっと……実力? そんなものは俺にはありませんが……」
「嘘……だな。俺だってそのくらいのことが見抜けないほどマヌケじゃねえよ」
え? なんか勝手に過剰に評価されているような気がするんだけど? そりゃ昔はいろいろあったかもしれないが俺はたった一人で大活躍するような有能な人材ではないぞ……この前のワイバーンだって九割は爆薬を発明した人のおかげだし……
「いや、割と真面目に俺は無能なので重用されても困るんですけど」
「しかしお前さんは薬草採取からワイバーン討伐まで効率よくこなしてるじゃないか、普通の連中にはそれがどれだけ難しいか知らないのか?」
「普通のことで……」
「葡萄酒二人前お持ちしました」
「ああ、とりあえず飲もうじゃないか」
「はあ……?」
俺は葡萄酒に口をつけるがそこそこ良いものであることが分かる風味をしていた。
「さて、クロノさんは出て行こうとしているわけだが、一つ言っておくとあんたならどこへ行っても同じようなことになるぞ?」
「まさか! 俺一人にそんなにこだわる人が居るわけないじゃないですか! 冗談が過ぎますよ」
しかしギルマスの目はどこまでも本気の色を湛えていた。
「え……!? 俺がそんなにすごいですか? ゆうし……パーティーを追い出される程度には無能ですよ?」
おっと……勇者パーティーなんて言ったら騒ぎになりかねない。あくまで勇者達抜きの俺の実力の話なのだから大したことはないに決まっている。
「お前さんパーティーを追い出されたのか? にわかには信じがたい話だが……」
「本当ですよ、連中が今何をやっているかなんて知りませんがね……俺はただ単に連中からは不要だった戦力と言うだけのことではないでしょうか。ここでギルドの職員になっても、また追い出される可能性もあるので、だったら始めから無所属の方がいいと思ってるんですよ」
「何をやったんだ? あんたほどなら多少の素行の悪さは見逃してもらえると思うんだが……」
「『何もしなかった』からですよ。俺は何もしていないのに事が運んでいくのだから俺が不要になるのも当然でしょう」
勇者達を助けるのも面倒くさかったので正当な理由をつけて追放してくれたことには感謝をしているくらいだ。
「そうか……あんたが追放される程度には皆優秀だったのだろうな」
優秀だったかな? まあとどめを刺す役目は勇者だったのでぱっと見るには居なくてもいい役目だったのだろう。
「なるほどな、ギルドとしてもパーティーを追い出されるような立場の人間を雇うわけにもいかない……ということか」
納得はしてくれたようだ。俺はただの旅人で定職に就く気がないと理解してくれただけで十分すぎることだ。誰かに指図されない生き方というのは気楽なものだからな、何が起きても自己責任を取れる覚悟だけで生きていくのは安易な生き方の極みだ。
「そういうことなのでワケあり人材を雇いたくはないでしょう? 俺がギルマスだったらどこかから追い出されてきた人材を雇いたいとは思いませんね」
「わかった……諦めるよ。あんたの決意は固いようだしな」
「ええ、俺も労働から逃げるのは得意なものでしてね」
「よし、じゃあこれは別れの杯だ! この町への貢献に感謝する!」
「最後によい葡萄酒をありがとうございます」
そうして俺はギルドを出た。宿はもうとっていないので今日中に出ることは決めていた。予想外の引き留めがあったが町を出ることが出来た。どこかの町への馬車が出ると町の出口には宣伝が貼ってあったが、俺は一歩ずつ歩いていくことに決め、新しい場所へ思いを馳せながら歩を進めていく。役割から解放されたのできっと俺の足取りは軽やかだったのだろうと思う。
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