第84話「勧誘」

「あの……クロノさん……一つお話が……」


「え? なんですか?」


 俺はグラーニャさんにそう聞き返す。冒険者一人に特別の依頼でも来ただろうか? あり得ないとは言わないがそんなことをする物好きがいるのだろうか?


「実は……その……公務員に興味とかってないですかね?」


「は?」


 思わず聞き返してしまった。公務員? そんなものに興味があるなら冒険者などという根無し草になったりはしないだろう。グラーニャさんなりの冗談だろうか?


「いえ、全く無いですけど……」


「そ! そうですよね! すみません!」


 そう言って黙って俺の薬草採集のクエスト受注手続きを進めてもらった。なんだか様子がおかしかったけど何かあったのだろうか?


「クロノさん、最近この町のギルドのポストが一つ空きましてね……」


「そうなんですか」


 ギルド職員だって仕事が嫌になって逃げ出したいことくらいあるだろう、別に珍しくもないできごとだ。


「それでですね……クロノさんがそのポストに興味がないかなあ……? とか思いまして」


「無いですね、そういうのは今居る職員が繰り上がるものじゃないんですか?」


 グラーニャさんは俺に手招きをしてこっそりと話し出した。


「そうなんですが、クロノさんには特別枠として就職してみませんかということです。ほら……冒険者とか死ぬか生きるかの生活を今後延々と続けたくはないでしょう?」


「いやあ……俺は生きるだけ生きてそれが出来なくなったらそれまでの人間だったんだと思いますよ」


 俺の知ったことではない。自分がギルド職員などという政治に近いところには出来るだけ関わりたくは無いと知られておくべきだろうな……


「分かります! 気が進まないのは分かりますが話だけでも! ほら、求人情報も出すので薬草採取の合間に読んでください! ね?」


「は、はぁ? まあ読むだけ読んでおきます」


 グラーニャさんは明るい顔で『行ってらっしゃい』と送り出してくれた。


 そしてギルドを出て薬草を採りに草原にきたわけだが……


「何か裏があるよなあ……」


 思わずそう独り言が出る程度には怪しいビラだった。


『ヨーク町・ギルド職員募集』


 まあここはいい。


『募集! 竜種の討伐経験のある方、収納魔法が得意な方歓迎! アットホームなギルドで働いてみませんか?』


 なんだこのピンポイントな求人は……


『冒険者の方が受けない不人気クエストを消化するだけの簡単なお仕事です!』


 それは簡単じゃないだろうとか、グラーニャさんが『いつ死ぬか分からない職業』と説明していた冒険者の更にその尻拭いをさせる気かとか、とにかく色々と言いたかった。


「薬草集めて帰ろう……なんか変な噂も立ちそうだしさっさと出て行くに限るな……」


 もはや目立たない生活ができそうも無いので次の旅に出ることにするかな。


 生活が安定しないなんて事は知っているし、こんな生活がいつまでも続けられるとは思っていない。しかし安住の地というのはここではないだろうなと思う。


 気が進まないことはスッキリ忘れるのが一番! 俺は考えながらストレージに放り込んでいた薬草がたまったことを確認して町に帰った。


「薬草採取終わりましたー! 査定お願いします」


 グラーニャさんがビクビクしながら対応してくれた。


「はい、クロノさん! 求人を見てどう思いましたか?」


「何で俺に聞くんですか……あんまり興味はわきませんでした。悪いんですがあの求人に応募する気は起きませんでした」


 しょぼんとうなだれてしまったグラーニャさんに薬草の査定をお願いして報酬の銀貨五枚と、品質のいい薬草を回収したと言うことでボーナスを三枚もらっておいた。


 そして宿に帰ったのだが、なんとなく俺が入ったときギルドがピリピリしていたようで、自分が入ると空気が変わったのが分かった。やはり俺には根無し草があっているようだな。

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