第83話「慰留をされた」

「待ってください! 至らないところがあったらお詫びしますから!」


 グラーニャさんに必死に懇願されているのはもちろん俺だ。いい加減町を出て行こうとしたところ懇願されている。


「いい加減目立ってきましたしそろそろ町を発とうかと……」


「待ってくださいよぅ! ギルマスに怒られるので! 今日はどうか留まってください!」


 何で俺が出て行ったらこの人がギルマスに怒られるんだよ! 嘘も大概にしろよ! と思いつつ必死さは伝わったので俺はギルドを出て宿に戻った。


 ――ギルド内


「それで、クロノが出て行こうとしているのは本当か?」


「はい……なんとか今日は引き留めましたがあの調子だとそろそろ出ていきそうなんです……」


「ふむ、それは問題だな……主力が抜けるのはこちらとしても大きな問題だ」


「ですな、ですが少々彼一人に依存しすぎの様な気もしますがな……」


「しょうがないだろう、この町に降って湧いた強力な戦力なんだからな……とはいえ依存は問題ではある」


 ギルマスは重々しく頷く。


「私としては戦力を一人に依存するのはオススメしませんな」


「だが、彼一人でかなりの戦力になるのは間違いない、永住権を与えるべきではないか?」


 その一言に議論が湧き上がる。


「ダメだ! 今まで何人の移住申請を断ってきたと思っている! たった一人のためにルールを曲げるべきではない!」


「しかし他に替えがきかないのも確かでしょう? 現に我々は彼を引き留めている」


「む……」


 痛いところを突かれたのか男は黙り込む。


「しかし! 戦力は欲しいが我々が戦力を蓄えてなんになる? 必要なら国軍に陳情すればよいではないか!」


「それでは永遠に国に頭が上がらないではないか! 我々には独立の権利が必要じゃぞ!」


「むぅ……」


「だが! 一人に頭が上がらなくなるリスクは理解しておろう! 結局その先に待つのは国に従うかその一人に従うかじゃぞ!」


「それは……」


 ギルマスは会議場で立ち上がって宣言する。


「切りがない! 今日の会議はここまでだ! 該当者についてはしばしグラーニャに慰留をさせる、その間に結論を出すように!」


「そうじゃの……結論を急ぐこともないかのう……」


「そうだな、我々は急ぎすぎている。たかが一人の旅人に熱心になりすぎだ」


「慰留をする私の身にもなってくださいよぅ!」


 グラーニャさんの悲鳴は聞き遂げられることなくその議論は終わったのだった。


 ――ギルド、翌日


「グラーニャさん、俺は……」


「お願いですからこの町に留まってください! 私の首がヤバいんですよ!」


「え!? 俺と何の関係があるんですか!?」


「お願いです! もう数日出て行くかの結論は待ってください!」


「は……はぁ……でも俺の金は無限ではないので……」


「本日はこれでどうか!」


 そう言ってグラーニャさんは金貨を一枚さしだしてきた。確かに滞在費よりは高いので問題は無いのだが……


「何で俺にそんなにこだわるんですか?」


「お願いですから受け取って宿でおとなしくしていてください! 私の責任になるので!」


「は、はぁ……」


 よく分からないまま俺は宿に帰り少し豪華な食事をとった。しかし理由の不明な給付は不気味なところを感じてしまうんだが……


 とにかく臨時収入としてありがたく頂いておいた。


 ――ギルドにて


「ほらみろ! あの男に頭が上がらなくなっているではないか!」


 我が意を得たりと老人の一人が勢いよく言う。


「だが、王家に頭が上がらないよりはマシなのでは?」


「王家も一人も一緒じゃろう! どのみち誰に頼るかであって我々の自治ではないわ!」


「むぅ……確かに彼一人にずっと収入を払うわけにもいかないな……」


 その場にそぐわない立場のグラーニャさんが悲鳴のような声を上げる。


「もうクロノさんに報酬を払って公務員になってもらえばいいじゃないですか! 私がずっと担当をするとか無理です!」


 その必死の叫びに賛同するものも否定するものも居る。彼一人に町の戦力を頼るべきかは大きな議題となっていた。


「しかしのう……この町が移住の条件をしぼっていたのは事実じゃろう? 多少強いからと言って公務員で採用するのは問題が……」


「何を言う! 実力こそ全てだ! くだらない拘りなど捨てろ!」


「くだらないじゃと! 貴様は我々がどんな思いで必死の移民申請を断ってきたと思っておる!」


 議論は紛糾を極めていた。それもたった一人の原因によってだ。これは今まではあり得ないことだった。


「実力があるものは受け入れるべきだ! それが町のためにもなる!」


「我々が国の敵にもなってでもというのか! 我々には民の安全を守る使命がある!」


「しかし、彼一人で安全を守るにはかなりの実力なのだろう? 発言権の強化のためにも彼を味方につけるべきだ!」


「発言権! はっ! 我々が投げ捨てて久しいものをかね? とうに我々の意見など無視されておるよ、今さら聞くはずがなかろう!」


「いや、国とて不要な損耗は避けるはずだ、危険性があると判断すれば交渉の土台に乗れる!」


「我々全ての命をかけてかね? 言っておくが私は自分一人の安全を考えているわけではないぞ? この町の民の命を考えておる!」


「むぅ……」


「分かった! 私が結論を出そう!」


 ギルマスがそう宣言をしたので会議に参加している全員が黙った。ギルド所属である以上彼の意見が最優先される。


「該当者が出ていく意志がある場合はそれをとどめない、その範囲で慰留はする。それで問題は無いな?」


「問題無い!」


「まあ……自由意志で残るなら否定はできんのう……」


「ではこれにて会議は終わり! 意志についてはグラーニャに聞いてもらう! 以上!」


 そうしてギルドの会議室は解散した。いろいろな思惑を背負わされたグラーニャさんは声にならない悲鳴を上げて、どうあがいても誰かからとばっちりを受けるという立場が決定したことに悲鳴が上がるのだった。

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