第86話「旅路の途中」
ヨーク町をでて丸一日。草原で、この前買い込んでおいた食料を優雅に食べているところでそれは起きた。
「恨みはないけど……食料よこせええええ!!!」
『ストップ』
道の脇の茂みから出てきた少女を停止させてどうしたものかと考えてしまう。普通に考えれば放置して離れたところで解放してあとは知らない、そういう対応が厄介ごとを避けるにはベストだと思っている。
しかし……襲いかかってきた少女は頬もこけ、腹は引っ込みボロボロの服を着ていた。
しょうがないのでストレージから消化によさそうな芋や穀類をとりだし水で炊く。いい感じに空腹に流し込んでもなんとか大丈夫そうな食べ物が出来上がったので少女の時間停止を解いた。
「食料を……」
「ほら、これを食べろ。ゆっくりな、一気に食べると吐くぞ」
「え、ええっと……私は野盗なんですが……」
「その身体を見る限り上手くいってはいないようだな?」
「それは……私だって優秀な魔力は無いけど……体力には少し自信が……」
「まあいいや、とりあえず食うといい。腹が減ってると勝つものも勝てないぞ」
俺のさしだした芋と雑炊を手に取るとスプーンですくい一口食べると顔をほころばせた。
「美味しいです! 久しぶりにまともなものを食べました!」
「そりゃあ良かった。それを食べたら真面目に生きることをオススメするぞ。俺がいなければたぶん返り討ちに遭うか餓死してるぞ」
殺気もまったく隠せておらず襲いかかってくる足取りはお世辞にも素早いとは思えなかった。この調子で野盗なんてやった日には、少し強いだけの護衛にサクッとやられてしまうだろう。別に普通の野盗が死のうと興味は無いのだが、さすがに幼すぎる人間が死ぬのは多少心が痛い。
「プハーッ! 美味しかったです!」
「そうかい、じゃあ俺は行くがお前はこれからどうするんだ?」
「私は……旅人を襲うくらいしか出来ることは……」
「成功したこと無いだろ?」
勘ではあるがこの少女がまともにものを強奪できる絵面が浮かばない。
「そんなことは無いです! 私だって時々迫力にビビったのか干し肉や干し芋なんかをさしだしてくる商人はいますよ!」
ただ単に可哀想に思って同情されただけだろうな。そのくらいのことは予想が付く。いずれケチくさい商人の護衛に殺されかねないことをしているというのに呑気なものだ。
「お前、名前はなんていうの?」
「名前ですか……無いですね」
「は?」
「私は奴隷として育ったので番号で呼ばれてました。六番と呼ばれていましたね」
奴隷商から逃げだしたクチかよ。厄介ごとの種じゃねえか……しかし関わってしまったのが運の尽き、ここで放り出すとそう遠くない未来に殺されるのが確定している少女を放置は出来ない。
「しょうがないな……お前は町で定職を探せ」
「でも私が入れるような町は……」
どこかにあるさ。お守りを渡してやろう、持っているかぎり飢えることは無いし、生きていけるから時間さえかければいずれ見つかるだろ。
『エンチャント・ストップ』
時間停止魔法を付与して肉体の老化や老廃物の生成、エネルギーの消費を止めることが出来る。結構な金額がつくものだろうが俺にとってはただのお守りでしかない。
「これ持って入れる町を探してみろ。その内見つかるだろ」
少女は半信半疑の態度でお守りを受け取り俺にお礼をした。
「ありがとうございます、当分飢えることは無さそうです」
「ああ、ちゃんと仕事に就いたらそのお守りは焼き捨ててくれ」
アーティファクトレベルのアイテムなので出回ってしまうと多少困ることになる。口止めは重要だな。
「あの……出来ればでいいのですが一つお願いが……」
「なんだ? 案外よくばりだな」
「その……私の名前をいただけないかなと」
「ああ、そういえば名前がなかったんだったな」
少女に名前がないというのは不便なことなのかもしれない。六番なんて名乗っていたらどこかで奴隷商に見つかるかもしれないしな。
「そうだな……六……ろく……六花とかどうだ?」
「いいですね! いい感じに可愛い名前です!」
「じゃあ六花、俺はいくよ。手を貸してやったんだから真面目に働けよ?」
「はい! ところであなたのお名前は……」
「名乗る気は無いよ。たまたま道すがら出会っただけの人全員に名前を教えて回ったりしないだろう?」
「そうですか……」
「じゃあな! 元気でやれよ!」
そうして少女に手を振られながら俺は道を進んでいった。
そして俺たちは別れてそれきりだったのだが、俺はアイツが向かう町か村がどうか寛容ですように、と祈るばかりだった。
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