第78話「酔い覚ましの薬を調合する」
「酔い覚まし……ですか?」
俺はここで担当になってくれたグラーニャさんから話を聞いている。今は納品依頼が大量に来ている酔い覚ましに使える薬を納品してくれないかとのことだ。
「そうです! この前の買い取ったお酒をいつも通りの勢いで飲んで酔っぱらったという人が後を絶たないのでギルドでは出来る方には調合をお願いしているんです!」
この前売った酒が原因と言われるとこちらとしても少し心が痛い。
「しかし、俺はその薬のレシピなんて知りませんよ?」
「ああ、特定の薬草をすり潰して混ぜて煮込むだけで出来るので簡単なのですが……時間がかかるんですよね……今は人海戦術でなんとか作っているのですが、生産ペースをもっとあげろと言われてしまいまして……」
まあ、俺が原因ならしょうがないな……
「それで、素材の採集からするんですか? いくら何でも時間がかかるような気がするんですが……」
「いえ、素材はこの町で需要が高いので大量にストックしています。調薬の部分をお願いしたいんです。アルケミストでなくとも作れるレシピなのでとにかく数が必要なんです」
断る理由も無いな。俺が原因であることだしこの依頼を受けておいて問題無いだろう。
「分かりました、素材を出してくれますか?」
「はい、こちらにどうぞ」
ギルドの奥に通された。そこには樽と薬草の山が置かれていた。
「結構な量ですね……」
「この町では必需品扱いですからね」
「景気の良いことで」
俺はストレージにまとめて放り込んで持ち帰ることにした。グラーニャさんはどこか明後日の方向を見ていたが気にすることでもないだろう。
ギルドを出る前に『本当だったのか……』という声が聞こえてきたが、誰のものだったかも不明なので気にしないことにした。
宿に帰るとちゃちゃっとアマチュア向け錬金セットをストレージから取り出す。マニュアルによると薬草を三日ほど煮出すだけで出来上がると書いてある。それ以外の注意事項は書いていないので簡単に作れるようだ。
大きめの台と……大きな鍋を出して……薬草を放り込んで……水は……
『ウォータージェネレート』
たぷんと鍋に水が張られた。水は何でもいいそうなのでその辺の井戸なりから調達しても良いがクオリティを求めるなら魔法で生成する方が良い。
台にかけた鍋に下に置いた石の代の上に乗った炎属性の魔石から熱を出す。魔石までセットに入っているのだからサービスの良い依頼だな。魔石がいいものだったのか、あっという間に水は泡を立て、湯気を出し沸騰した。
「これを三日か……チョロいな」
もちろん『オールド』の魔法で時間経過を早めてあっという間に薬の作成が出来た。これを繰り返すだけで金になるのだから割の良い依頼だ。
鍋一個目は完成っと……
ご丁寧に用意されていた樽に流し込んで栓をする。それをストレージに入れて二杯目を作る。作業自体は同じだし、はっきり言ってチョロい事この上ない。オールドを使っても品質の低下は見られないし、それによる問題も見当たらない。念のため仕上がったものを一口舐めてみたところ頭がスッキリとして、残っていた酒の成分が綺麗に頭から抜けていった。これで品質問題と言われたらそれこそマニュアルに問題があるといっていい。
「量産量産、チョロいねー!」
数刻の間に樽五つ分の酔い覚ましが出来上がった。これを納品して終わりだな!
……何か忘れているような? まあいいや、思い出せないということは大したことではないのだろう。俺は大事なことは忘れない人間だからな! そんな下手をうつはずがない!
颯爽と全てをストレージに詰め込んで器具の返却と納品を兼ねてギルドに向かうことにした。
しかしここの酔い覚ましは他所で流通していないのが不思議なほどに強力だ。よく見なかったが原材料が他所では見かけない薬草だったからだろうか?
朝から大量に生成していたのでもう日は沈みつつあった。これを納品すればそれなりにいいものが食べられる金にはなりそうだ。
「グラーニャさん! 生成終わりました!」
「え?」
「え? ってなんですか? 作れっていうから全部酔い覚ましにして納品に来たんですよ!」
「ちょっと待ってください……マニュアルに三日間は煮込めと書いてありませんでしたか?」
「あ……」
そうだった! 三日も作るのにかかるものを朝から晩までで作ったらおかしいにもほどがあるじゃねえか! なんでそんな単純な計算を無視していたんだ自分は!
やりようのない憤りが自分に向いてしまう。とはいえ言ってしまったものは仕方ない、できたものはできたという路線でゴリ押すしか無いだろう。
「実はですね、秘伝の錬金術で時間短縮に成功したんですよ……広めないでくださいね?」
グラーニャさんに耳打ちする。冒険者のスキルについては秘匿義務があるので言いふらすようなことはないだろう。一応納得してくれたようだ。
「では納品物のチェックをしますので奥にどうぞ」
「はい」
納品場に行きとりあえず器具を返却するためストレージから取り出す。その時何か視線を感じたような気がするが気のせいだろう。神経質になっているようだ。
「それで全部生成しちゃったので納品するのは樽五つですね」
「樽五個ももう出来たんですか!? いえ、確かに素材はそれくらい渡しましたけど……」
「そのためのチェックでしょう? 中身は全部品質が同じなのでチェックしておいてください」
「は、はい!」
数人の錬金術師らしき男とやたらごついそのリーダーらしき男が入ってきて、樽から小さなカップ一杯をすくい取り鑑定のスキルを使ったり、飲んでみたりして品質やきちんと完成しているかをチェックしている。それが終わるとグラーニャさんにリーダーが一枚の紙を渡し出て行った。
「え!? えええええええええ!?」
「どうしたんですか?」
グラーニャさんは目を白黒させてパニックになっている。
「全部最高品質!? 嘘でしょう!? 何をすればこんな品質で作れるんですか!?」
「製法についてはナイショですが、品質は問題無いようですね」
「問題無いどころじゃないですよ!! むしろ三日かけて作ったものより品質が良いです! 凄いことですよ!」
お、おう……標準の品質を知らないのでこれの出来が良いのかについては分からなかったのだがどうやら問題のないものに仕上がっているらしい。
「そ……それでは樽一つ金貨五十枚なので金貨二五〇枚になります」
そう言って俺に金貨の袋を渡してくれた。
「この前卸した酒と同額ですけど、グラーニャさんの裁量で出して大丈夫ですか?」
短期間に支払う金額としては大きすぎないだろうか? この前自分の裁量で出せる限界が金貨二五〇枚と言っていたのでそれと同額になる。
「気にしないでください……よっし……これはいい成果になりますよ!」
何か独り言も聞こえるが問題は無いようだ。俺は結構なサイズの袋をストレージに放り込んでギルドを後にした。
――ギルド『監査部』
「ギルマス! ご覧になりましたか!」
「ああ、見た……検査までしたのだから間違いない。あいつはどうやったのか知らないが短時間で作っているな」
「あの新人をあてたのはもったいなかったですね、ストレージの中までは覗けないので大したことはないだろうと思って新人を担当させましたが……」
「ああ、知っていれば俺が直接担当したかもしれないな……アレだけの薬草を入れたストレージもなかなかのものだぞ」
「担当を変えますか?」
「いや、今のところ上手く対応しているし、下手に変更して怪しまれる方がマズい。このままグラーニャのやつが上手く対応してくれるのを祈ろう」
「そうですね、では、監査の方は『問題無し』で構いませんね?」
「ああ、まったく問題無い。ただし内容は外部秘の判を押しておくのを忘れないように」
「優秀な人材はいつも不足していますからね」
「そういうことだ」
ギルド内の上層部は皆でハラハラしながら対応を盗み見ていたが、降って湧いた幸運に感謝を捧げているのだった。
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