第77話「酒を卸す」

 この町なら需要はありそうだな……


 そう、酒だ。この町の住人は結構酒が好きらしい。こういうところではギルドに卸すと案外高値が付くものだ。一応直売も出来るがギスギスを避けたいならギルドを通した方が角が立たない。小さな村くらいなら直接売りつけても文句はほとんど出ないものだが、ここまでの規模の町だとギルドを通すべきだろう。


 そして俺は酔い潰れる前に訪れていたギルドに向かった。


「お酒の買い取り……? ですか?」


 ギルド受付のグラーニャさんに酒の買い取りを持ちかけた。ストレージの中には以前売っていた町で買ったウヰスキーがたっぷりと入っている。昨日の印象だがこの町では酔える酒が人気なのだろうと推測した。そうでなければあんな強い酒が名物になるはずが無い。


「そうですね、珍しい酒なので取り合いにならないようギルドを通そうかと思いまして」


「なるほど、ギルドを通してくれるのは大変ありがたいですね」


 よし、話は無事に通りそうだな。後は値段の交渉か……


「その前に一つサンプルの提出をお願いできますか? ギルドとしても何か分からないものを販売するわけにはいかないので確認をしておきたいんですが」


「ああ、構いませんよ」


 ストレージから小瓶を一つとりだして渡す。大瓶の方はまた別で保存しているので問題無いだろう。


「これを売りたいというわけですね?」


「ええストックは容器こそ違いますが全部同じものです」


「ふむ……香りは……これは……樽の香りでしょうか?」


「ええ、確かそうだったと思います。そこそこ寝かせてある酒ですよ」


 グラーニャさんはカップに酒を出しペロリとなめる。途端にむせていた。


「これ……キツいお酒ですね」


「ええ、売っていた町でも強いのである程度飲める人でないと売ってもらえないようでしたね」


「なるほど……一日時間をいただけますか? これは少し時間をかけて値をつけたいのですが……」


「構いません、明日また来ますね」


「はい、よい回答を出来るように善処しますね」


 そうして俺はギルドを出ようとしたのだがその前に声をかけられた。


「クロノさん、この小瓶の買い取りと専売権の予約をしたいので、金貨を五枚受け取っていただけますか?」


「いいんですか? まだ売っていませんよ?」


「私の権限で支払います。ただし受け取った後成約したらこの町でそのお酒を売るときは全てギルドを通していただくことになります」


 なるほど、専売権とは聞いたことがないシステムだがギルドが総取りするにしても見返りはあるというわけか。


「分かりました、受け取りましょう」


「ありがとうございます!」


 俺は金貨五枚を受け取って契約書にサインした。成約しなかった場合、専売権は無効になるので俺にデメリットはほとんど無い仕組みになっている。


 俺は颯爽とサインをしてギルドを出た。この金貨で飲むとするかな、ギルドだって出した報酬をその町で使って欲しいはずだ。


 契約料は財布に入れてそのまま酒が飲める店の並んだ街角を歩いてみる。どこも酒を強調した看板を出している。酒・酒・酒とどこを見ても書かれているので子供などはどこで食事をしているのだろうと地図を読むと『食堂(全年齢版)』と書かれていた。とことん極端な町だな!


 俺は適当な店に入って酒を一杯頼んだ。


 愛想よく対応してくれた店員はエールと豆の煮物を出してきた。一口食べてみると濃く味付けされた豆の味をサラッとエールが流し込んでくれる。端的に言えば美味い以上の言葉が出てこない。そもそも食事の感想にそれ以外が必要だろうか? 美味しいの一言に全てが詰まっていると言うだけでいいだろう。


 一杯を飲み干して支払いをすませ次の店に行く。今度の店では葡萄酒がメインらしく赤い酒が出てきた。そこではシチューが提供されゴロゴロと入っていた肉が美味い。それにワインがよく合い、いくらでも飲めそうだ。しかし、飲み過ぎはよくないので一杯で済ませ更に次の店をはしごした。


 次の店ではたっぷりの果汁で酒を割った甘い酒が提供されていた。それに塩をかけた揚げポテトを添えて出された。軽く飲めるのでそれにぴったりのサクサク食べられるイモが一緒に出てくるのはとても良い組み合わせだ。


 俺は酒を意識が残る程度まで楽しみ宿に帰った。ギルドでもらった金はすでに銀貨五枚にまで減っていたがそれを後悔はしていない。美味い飯が食べられるなら何の文句もない。どうせあぶく銭のようなものなのだから降ってきた金はそのまま地元に流すのが一番だろう。


 宿の主人も俺の様子を見て『飲んできたな』と察したらしく食堂で水だけを出してくれた。ありがたく水差しから数杯飲んで部屋に戻る。


 ベッドに倒れ込むともはや意識を持たせるための気力はすでに空で、固定された柔らかな布団の感触を抱くと共に意識が途切れた。


 翌日、またやってしまったと思い目を覚ました。さすがに吐くようなことはないが、頭の奥の方でちまちま悪魔が剣で頭の中をつついているようだ。


 食堂に向かい水だけをもらってギルドに向かう。この状態で食事をしても戻しそうなので、酒を売ったお金で全年齢版の食堂で食事をすることにした。美味い酒はあるだけ飲んでしまうのでよくないな。


 ギルドに入るとグラーニャさんが俺の方に駆け寄ってきた。


「クロノさん! ギルマスが全部買い取っておけとのことなのでウヰスキーとやらがあるだけいただけますか!」


「はい……出しますから体を揺さぶらないでください、腹の中身が逆流しそうです……」


「失礼、私も大口取り引きは初めてなので嬉しいものでして……」


 俺はギルドの奥にある専用の部屋に案内された。あの酒をあるだけあそこで出してしまうと治安維持の関係でよくないという判断だ。


 そこで瓶に入ったいくつものウヰスキーを出すとグラーニャさんは目を丸くして驚いている。


「よくストレージにこれだけ詰めましたね……酒瓶だけで埋まってしまいませんか?」


「いえ、余裕で入りますよ?」


「……そうですか、私も経験が浅いので収納魔法には明るくないんですよ、失礼しました」


「全部同じ種類の酒です。香り付けが多少違いますが試飲用を用意して買い取りの意志があるところに飲ませればいいでしょう」


「なるほど……」


「それと全部エール感覚で飲むと次の日悲惨なことになるので全年齢版の食堂では出さない方がいいと思いますよ、そこはギルドが決めることではありますが」


 その言葉に深く頷くグラーニャさん。


「そうでしょうね、ギルマスもこれは私に一任するとは言いましたが試飲してもらったときに同じようなことを言われました」


「注意はそのくらいですかね、これだけ全部買い取って貰えるんですか?」


 そこで少し困った顔をされた。


「六割、くらいですね……店に卸すと言ってもこの場で支払うのは現金が必要なので全部は私の担当予算では無理です」


「そうですか、悪くないですね。じゃあ買い取っていただける瓶を教えてもらえますか? 残りはストレージに入れておくので」


「はい……これとこれとこれと……これと……このくらいですね」


 大瓶があらかた買い取りに回された。小瓶の方は食堂で出すには不都合があるということで後回しにされ、まとまった量を一軒に売れる大きな瓶が優先して無くなった。残りをまとめて収納しておき買い取り金額を尋ねた。


「それで、いくらくらいになりますか?」


「そうですね……売れなかったら私のギルド職員人生に関わる大口取り引きですからね……ケチケチしてもしょうがないので承認をもらった予算の金貨二五〇枚でどうですか? すっぱりそれ以上でも以下でもない出せるかぎりの金額です!」


 俺は黙ってグラーニャさんに握手の手を刺しだした。


 それをギュッと握って笑顔になったこの職員がどうか出世してくれるようにと願ってやまなかった。


 ――責任者室


「あの女に任せた取り引き、上手くいくと思うか?」


「どうでしょうねえ……酒の質は文句のつけようが無いですが……キャラバンでもなく収納魔法に詰め込んだだけなら大した量にはならないでしょうね」


「だよなあ……あいつにもいい加減一人前になってほしいものだが、その辺甘いんだよな」


「構わないのではないですか? ギルマスのあなただってここの予算は知っているじゃないですか。まさか金貨二五〇枚で傾くようなギルドではないでしょう?」


「まあな……あいつに場数を踏ませるには丁度いい機会だし、新人の研修費にしては安いか」


 バタン!


「なんだグラーニャ? 取り引きは成立か?」


「はい! 全額支払っておきました!」


「なに!? お前あいつ一人の所持品に全額払ったのか!」


「はい! 与えられた予算で買い取れる分は全て買い取りました!」


「予算でって……まさか全部買えなかったのか?」


「はい、ストレージの中に予想以上に多くの瓶が入っていたので……」


「ちょっと来い! お前な……人一人の収納魔法で金貨二五〇枚分の酒を入れられるわけがないだろうが! どのくらい買い取ったのか知らんが払いすぎだ!」


「で、でも……これでも買い取れるだけは買い取ったんですよ?」


「わかった、じゃあお前に査定のやり方を教えてやる。買い取った酒を見せてみろ」


「はい、第六買い取り場でまとめています」


「おまえ、部屋一つを全部一人の納品物で埋めたのか? 常識ってやつを考えろよ?」


 そう言ってギルマスはグラーニャの買い取った品をチェックするために納品されたものを見た。


「なんだこれは……嘘だろ……収納魔法でこんなに入るわけが……」


「?」


「なんだその顔は」


「クロノさんはこのくらい余裕だとおっしゃっていましたが……他の方は違うのですか?」


 その言葉にギルド中に聞こえそうな驚嘆の声が響いたのだった。

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