第76話「ヨーク町の酒場探訪」

「酒でも飲むか……」


 俺は町に来て日が浅いというのに酒場に入り浸ろうとしていた。この町には有能な冒険者が多いためおいしい依頼や報酬の良い依頼まで総ざらいされており、俺が受けるような依頼はほとんど見当たらなかった。


 町のギルドで冷ややかな現実を見せられたため、俺はとりあえず酒場で飲み潰すことにした。極端な話この町で依頼がまったく受けられなくても問題無い程度に財布の余裕があるので気楽なものだ。出来れば依頼を受けたい程度の気持ちで必死さが無いので条件のいい依頼が無ければ進んで受ける気も無かった


 酒場『バーバリアン』というところで酔い潰れようと決めて店に入った。大事なものは全てストレージの中なので潰れても何ら問題は無い。収納魔法ってこういうときに役立つな、案外酒で潰れる人に荷物預かりを提案すれば儲かるかもしれない。


「らっしゃい! 新顔だな?」


「ええ、そうです。オススメをいただけますか?」


「任せておけ。今日は丁度いい山菜が入荷してるぞ!」


 山菜というのは少し不満だが、料理なんて食べてみないと分からないのだから何事も挑戦だ。


「じゃあそれを使った料理をお願いします。あと強めの酒をつけてください」


「あいよ!」


 周囲を見るとエールを飲んでいる層が多いようだ。エールはどこでも飲めるので俺はここでしか飲めない酒を求めている。醸造酒なり蒸留酒なりの舌が焼けるような感覚が恋しく思えた。


「これを食って待っていてくれ。うちの自慢の揚げ鶏だ」


「どうも」


 俺は揚げ鶏を受け取ってちびちび囓る。肉の脂が弾けてうまみが広がる。この店はなかなかのあたりかもしれない、もしくはこの町全体の食事レベルが高いのかもしれない。


 次から次へと料理が運ばれている。どうやらここは飯も美味いらしい、揚げ鶏が美味しい時点で分かっていることだ。


「お待たせしました!」


 そう言って運ばれてきたのは透明の液体。一見酒には見えないが、鼻に近づけると確かに酒独特の香りが漂ってくる。飲まないと酒と分からない飲み物もあるがこれは香りだけで酒だと分かる、結構きつめの酒だと言うことが察せられる。


 小さな瓶に入った酒をカップに移し一口を舌の上で転がす。穀物独特の甘い香りが口の中で弾ける。その後強烈にそれが酒だと口の中で強く主張する、注文通りのキツい酒が出てきたようだ。


「美味いな……」


「それはもう! この町自慢のお酒ですから!」


 どうやらこの町の名物らしい。しかしそれにしては注文している人があまりいないような……そう考えて注文している人が少ない理由に思い至った。まだ一回しか注文していないはずなのに視界がぶれる。これは確かに強い酒だが、それにしても少々強すぎる、これを一本飲んだらまともに歩けるかどうかの自信が無いレベルの強さだ。このキツさを知っているから注文がされないのだろう。 


 俺は一気に一杯を飲み干し、次の一杯を小瓶から注ぐ。注ぐだけで僅かだが酒の匂いが漂ってくる、この酒が強いものであることがよく分かる。


 一気にそれを飲み干すと意識がぼやけてくる。明確だった目の前の景色がぼやけてきて何があるのかよく分からなくなる。二杯目を飲み干すころには意識が落ちつつあった。


「あんた……そろそろやめておかないと明日地獄を見るぞ?」


 マスターから物言いが入った。体はまだ酒を求めているのだが、脳髄の奥の方がここまでにしておけと静止をしている。俺はまだ理性が残っているうちに会計を済ませ宿に帰った。翌日調べたところ銀貨五枚を消費していた、宿賃よりも高い金額からするにアレは初めて来た客からむしるための酒のようだ。しかしむしれない程度に意識が混濁する可能性もあるのによくやるなと思う。


 目が覚めて意識がはっきりするなり俺は水を魔法で生成した。それを飲んでようやく、ふらつきが抑えられてきたかなと思える程度には二日酔いだった。キツい酒というのはお題目ではなく本当に僅かでも酔ってしまうほどの酒のようだ。水を数杯コップで飲み干してから起きて食堂に向かうと声をかけられた。


「あの酒は程々にしておけよ」


 そう料理人が言っていたことから、どうやらこうなってしまうのは俺だけでは無いらしい。だったら先に言ってくれといいたいところだが酒を飲むかなど分からないといわれるのがオチだろう。


「本日の朝食です」


「? スープしかないようだけど?」


「今はコレにしておけということです。料理長が二日酔いにまともなものを食べさせれば死ぬか吐くかだから腹に優しいものにしておけということです」


 どうやらこれも配慮の結果らしい。そのスープをすすると確かに美味しい味がしたので本当に軽く食べられる食事だった。酔いきった状態で食べられる食事をしっかりと用意しているところからするに、どうやらこのくらいのことはよくあることなのだろう。


 俺はスープを飲みながら食事をとることを楽しむことが出来るというのが当たり前では無いと思い知った。

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