ヨーク町編

第75話「ヨーク町に入る」

 そこは栄えており、一見来る者を拒むような町並みだった、しかし管理社会ではないようで案外あっさりと『ヨーク町』というこの町に入ることが出来た。町に入るのにサイン一つで自由に入れるというのは甘いのではないかと思えるほどの簡単さだ。


 しかし、しっかりしていると思ったのは町に入るなり地図を売りつけられたことだろうか。この町では建物の高さ制限があるらしく、地図無しで大きい建物を目指すことは出来ないらしい。


 町の地図を見ながら宿を取るために宿屋街を調べる。何故かここには宿屋街が二つあるらしく、よく地図を読み込んでみると宿屋(大人向け)と書かれていたので全てを察した俺は一般向け宿屋に向けて歩いていった。


 そして宿屋街に着いたのだが、どこも同じような宿になっている。見た目がそっくりなのでどこがいいのかさっぱり分からない。地図に案内でもあるかと開いてみると『オススメ!』『この町一番の宿』『近年勢いづいている宿』などなど宣伝文ばかりが載っており、どのような宿かは一切説明していなかった。困るんだよなあ……選択肢があるのに事前情報が少ないのって勘弁してくれないかなあ……


 あの内容に中身があるとは思えない。十中八九リベートをもらって載せている広告文だろう。そんなものを真に受けているとロクなことにならない。


 俺は宿屋街でしばらく宿から出てくる客を観察することにする。いい宿と悪い宿は案外それで分かるものだ。ヤバい宿は出てくる客の顔が死んだようになっている。それでも新規の客が来るという判断なのだろうが、あまり真っ当な商売とは思えない。それでも宿が成り立っている以上最低限のクオリティは保証しているのだろうが少しでもいい宿を取りたい。


 数刻観察を続けた結果、客がニコニコしながら出てくる宿と不満そうに出てくる宿の区別が付くようになった。俺はその中から一番客の出入りが多かった「ウェルス」という宿に滞在することに決めた。


 宿に向かったところ、そこは簡素だがしっかりとした作りなのが見て取れる頑強な建物だった。こういうのでいいんだよ。


 宿の玄関をくぐり『すいませーん』と呼ぶと『はーい』と返事があり、宿の受付担当が出てきた。


「ウェルスにいらっしゃいませ! 何泊でしょうか?」


 元気の良い挨拶で感心する。無愛想な宿はげんなりさせられることも多いが当たりのようだな。


「とりあえず三泊お願いします。延泊は可能ですか?」


「出来ますよー! うちは繁盛していないのでガンガン泊まっちゃって問題無いですよ!」


「そ、そうですか。一泊いくらですか?」


「一泊銀貨三枚です。食事付きで銀貨四枚になりますね」


「じゃあ銀貨十二枚で三泊お願いします」


「分かりました、食費込みですね!」


 日も傾いてきているし、俺は人間関係に疲れていたので休みたい。


「すぐに部屋に入れますか?」


「問題ありません!」


 こうして二階の部屋に案内され鍵を渡された。一泊銀貨四枚は町としては安い。食事に期待して良いのだろうか?


 部屋に入ってストレージから宿泊道具一式を出してベッドに飛び込んだらすぐに意識が無くなってしまった。その布団はふかふかであり、手入れがきちんと行き届いていることの証拠だった。


「クロノさん、夕食ですよ!」


 何故俺の名前が呼ばれるのかと考えて、そういえば宿帳に名前を書いていたことに思い至った。起きて食堂へと向かうことにした。幸い僅かな時間だが眠ることができたので頭の方はさっぱりしている。これで食事が美味しければ言うことはない。


 食堂には数人の客がおり、見たところ黒パンとベーコンの簡素なメニューのようだ。ここまでの町で一泊銀貨四枚ならばそんなものではないかと思う。必要なら外食をすればいい。


「どうぞ、本日の夕食です」


 俺の前に他と同じメニューが置かれた。まあこんな物だろうと思いながらパンをかじる。やはり固いのだが、焼きたてであることは評価できる。酷いところだとカチカチになった白パンを出して『白パン』だから文句は無いだろうと言うらしい。幸いここは良心的な様子で安心した。


 ベーコンをフォークで食べると油がジュワッと溢れる。これがくたびれた体にエネルギーとして口から補給されていく。


 気がつくと一気に食べてしまっており、皿の上は空でベーコンの脂だけが食事をしたことを主張していた。


「おかわりはいかがですか?」


「え? おかわりがあるんですか?」


「ええ宿泊費込みの方はおかわり無料ですよ」


「じゃあもう1セットお願いします!」


 俺は迷うことなく注文して、大きめの黒パンとベーコン数枚を完食した。この宿を選んだ俺の直感は間違っていなかったと確信してその日を終えた。

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