第74話「そろそろ出ていく」
村を出ていこうと思った。この村ではそこそこ名が知れているらしいと聞いてのことだ。名前が売れるのはリスクが伴うし、魔道士として知られると面倒事が向こうからやってくる。
ギルドに向かってここを発つということを伝えるなりノースさんが懇願してきた。
「もうちょっとだけ! あと少し面倒なクエストを片付けてくれませんか!」
「いや、その結果にこうして延々と滞在が延びてるんですよ? 俺もそろそろ次の町に行きたいですよ」
「この村が嫌になったんですか? 宿賃くらいなら払いますよ!」
いや、そういう問題ではなくてだな……
「旅人としては定住は避けたいんですよね」
一応俺は旅人なので延々と一つの町や村に滞在するのは好きではない。居心地が悪いわけでは決してないのだが、このまま滞在しているとずっとこの村にいることになる気がする。
「そうですか……クロノさんは自慢の人材だったんですけどね……」
「あと期待が重いっていうのもありますよ?」
そういうところだ、有名になるといろいろと面倒だし、この前の山を吹き飛ばした件は無かったことにしてしまいたい。
そのための経歴ロンダリングに別の土地に行く必要がある。
「決意は固いんですね?」
「ええ、旅に出るのは慣れてますから」
その言葉で一応は諦めたような顔になったノースさんだが、名残惜しそうにはしている。罪悪感を抱く表情はやめて欲しい。
「分かりました、もったいない話ですが本人の意志ならしょうがないですね……どうかお元気で」
「あなたも、お元気で」
そう言ってギルドを出た。この村でお別れを言う必要があるのはギルドくらいだろう。他には深く関わった人がいないのでさっぱりしている。
俺は人間関係をリセットした後、宿を解約して部屋の中の私物をストレージに入れて出発した。村の出口でここを発つ旨を告げ、俺がこの村にいないと登録を抹消してもらい旅に出た。
出来れば大量に食料を買い込んでおきたかったのだが、まとめて買うと目立つのでそれを避けるため食べ物はあまり多く買えなかった。まあ今までの買いためがあるので次の町くらいまでは持つだろう。
空を見上げると青い空がどこまでも広がっている。空には町や村の境目など無い、心地いい風が吹いている。なるべく俺が吹き飛ばした山の方に目をやらないようにしながら歩いていく。
見晴らしのいい草原で遠くの方に何かの集団が見えた。馬に乗ったその連中はあっという間に勢いよく俺に近づき先頭の騎士らしき男が話しかけてきた。
「旅人よ、貴様はアシール村から来たのか?」
どう答えるべきだろう? はぐらかすのも悪手のような気がするので正直に答える。
「ええ、旅の途中に寄っただけですがね」
騎士は俺の口ぶりに不服そうだ。よく見ると領主の紋がついた盾を持っていることから正規軍であることに気がついた。
「では聞こう、この間起きた大爆発について何か知っているか?」
「大爆発……ですか?」
心当たりのある質問に心臓がざわつく。
「そうだ、山が一つ吹き飛んだと報告が来た。馬鹿げたホラ話だと思ったのだが……どうやら本当らしいな」
俺が吹き飛ばした方角を見ながら言うのを見て、このタイミングで村を出たのは間違いでは無かったと思う。
「詳しくはないですが、聞いたところによると高名な魔女が来ておりたまたま出てきた魔物ごと吹き飛ばしたそうです」
大嘘をついた。こんなもの正直に答えたら面倒なことになるのが確定しているので本当のことなど言えるはずがない。
「魔女か……よほどの魔道士なのだな。分かった参考になったぞ。おい! あの町へ急ぐぞ!」
部下にそう言って俺を見なかったような扱いをしながら勢いよく去って行った。危ないところだった、バレる危険というものも考えた方がいいんだな。さて、ここから先は少し急いだ方がいいな。
村に行けば全てバレてしまうだろう、逃げるにこしたことはない。
『クイック』
高速で草原を走り抜ける。もはや景色や空気を楽しんでいる暇が無い。あの騎士どもが村で事の顛末を聞いて追いかけてくる前に逃げなくてはならない。美味しい空気も綺麗な日光も関係なく俺はダッシュでそこを逃げ去った。
森に入ったところで通常の速度に戻し、ゆっくり歩いて行くことにする。馬では森を行くのには向いていない。さすがにここまで離れれば追いつけないだろう。
すっかり夜になってしまった。距離は稼いだが風情や情緒やその他諸々を無視して強行してきたので旅の楽しさなど欠片もない。もはやアシール村など地平線の彼方にすら見えないし、あの騎士団が情報を得てこちらに向かってきても追いつくことは不可能だろう。
その日はたき火をして暖を取ろうかと思ったのだが、煙と炎を出すのは危険と判断して加熱不要の干し肉を食べて、ストレージから野営道具一式を出して寝ることにした。結局、騎士団がどうなったかは知らないが、俺のことを嗅ぎつけるのには失敗したのだろうと判断したのだった。
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