第79話「ヨーク町の飲み歩き入門」

 俺は納品も終わって金があるので酒を飲み歩くことにした。さすがに金貨をこれだけ全部町に落とさず出て行ったら不興を買うのが間違いないし、たまには食べて飲んでをするのも悪くない。


 全年齢版の食堂街で飲み歩くことにした。酒飲み達はキツい酒を大量に注文するので隔離してあるだけで、誰でも入れる食堂街でもエールとそれより僅かに強い程度の酒は提供していた。あたりを見ると小さな子供を連れた親が軽く酒を飲みながら子供の方は果汁飲料を飲んでいる。俺は本日、この辺でぶらぶらと飲み歩こうと決めた。


 始めの店に選んだのは『陸のカモメ亭』を選んだ。理由は子供連れが多いからだ。こういうところでキツい酒を出すことは少ない、子供に示しが付かないからな。


「いらっしゃい!」


 景気よく出迎えてくれた店内はそれなりに繁盛している様子だ。会計の隣に酔い覚ましが置いてあるがやはりよく効くようだな。俺が作ったものではないだろうが役に立つものを作ったというのは嬉しいことだ。


「エールを一杯、あとこの店のオススメを」


「最近なら魚だな! 活きのいいグレイサーモンが入ってるよ!」


「じゃあそれを焼いてもらえますか、あとエールは焼いてるあいだに一杯ください」


「まいど!」


 そして少ししてエールが運ばれてきた。この町のエールはホップの香りが強くさわやかな味になっている。一仕事終えたあとの酒は体にしみる。


 一杯飲み終わったころにグレイサーモン焼きが出てきた。切り分けて食べてみると、油の少ないさわやかな肉の味がエールと相性がよい。


 切って食べる、エールを流し込むの流れを数杯繰り返したところで魚がなくなったので会計となった。サービスで置いてある酔い覚ましを会計待ちのあいだに一杯飲むと頭が明瞭になり、酒を飲んでいたとは思えないほど意識がしっかりしてきた。


 金を払って店を出たのだが、酔い覚ましが効き過ぎて酒を飲んだ気がしなかった。頭がスッキリしすぎるのも少し考え物だな……


 次の店に入り、今度は薄くしたカクテルを注文する。カウンターの向こうで透明な蒸留酒とオレンジ色のジュースを混ぜている。酒を飲めるようになりたてのやつにはお勧めなのだろう。少し物足りない気がするが、そもそも今回は浴びるように酒を飲むことが目的ではない。


 少し待つと『お待たせしました、「火竜の酒」と「芋煮」になります』


「ありがとう」


 そう言ってから料理を見る。朱く染まった酒と芋を野菜と肉と共に煮込んだ物だろうな。


 味の方はどんなものだろうか?


 一口芋をかじると染みこんだ出汁が溢れる。肉の方を食べてから油っぽくなった口に酒を流し込む。甘酸っぱい味と僅かな酒の香りが口の中を洗い流す。そしてまた芋煮を食べるというループが完成した。無心になって食べると元々少なかったこともあって酒も料理もなくなった。


 三点目へ向かう前に酔い覚ましを飲むか悩んだのだが、それを飲んだらここで飲んだ酒のことを忘れてしまいそうだったので心地よい陶酔感に浸ることにした。


 次の店では薄めた葡萄酒が出てきた、良い感じに酔っていた俺は料理の方はこの頃から記憶に残っていない。美味しかったと言うことは記憶しているのだが、何を食べたかがすっぽりと抜け落ちている。


 まだ三件目くらいなら記憶にも残っているのだが、酔い覚ましを前提にして酒を出されるので、それを使用しなければ弱い酒でも十分に酔うことは出来るのだ。


 四件目以降はどの店に行ったのかも記憶していない。とにかく安い酒をたくさん飲んだので俺の記憶は次の日の寝起きまでスキップされた。


「あ痛たた……」


 失敗した、強い酒を飲まなければ問題無いだろうと素人判断して飲み過ぎた。頭痛のやつは頭をギリギリと締め上げてくる。ストレージから水筒を出して一気飲みすると少し落ち着くことが出来た。食堂に行くと「おう! 昨日は随分と楽しんできたみたいだな?」と言われてしまった。お見通しか……


「ほら、今日の朝飯だ」


 そう言ってハーブをたっぷり使ったお茶と、柔らかいパンだった。なんとかそれは腹におさまり、一日をぐったりしたまま宿の部屋で過ごす羽目になった。酔い覚ましを使えばいいのだろうけれど、せっかく酒を飲んでいるのにそれを無かったことにはしたくない。飲めば楽になれるのかもしれないが、きっと、この頭痛でさえも自分のしたことの結果として受け言えるのが責任と言うものだろう。

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