第72話「エリクサードリンクバー」

「エリクサーの納品……ですか?」


 ノースさんは俺の前で土下座をしている。突然わけの分からないことに巻き込まれた俺の身にもなって欲しい。


「とりあえず立ってください! ワケがわかりませんよ」


 ノースさんはコホンと咳をして立ち上がり俺の手を取る。


「ギルマスが『エリクサーの飲み放題をやったら金になるだろうなー』とかワケのわかんない思いつきを出したので私たちにエリクサーを納品してもらうように頼めとか言われるんですよ!」


 ギルマス……さすがに無茶苦茶な思いつきだと思うぞ。


「ギルマスって意外と頭が悪いんですかね?」


 俺も気分そのままにギルマスに対して文句を言いたくなる。大体俺にしわ寄せが来そうな時点でそこに文句をつける権利くらいあるだろう。


「頭が悪いどころじゃないですよ! エリクサーですよ! あの人はエリクサーを酒か何かと勘違いしてるんじゃないですか?」


 俺も大概やりたくねえなと思った、エリクサーとかいう貴重品を飲み放題にするとか正気かよとは思う。


「で、俺にエリクサーを納品しろと?」


「クロノさんならなんとかなるんじゃないかと思ったんですよ!」


「いやな信頼ですね……で、いくらくらい欲しいんですか?」


「薄めて使うので樽一杯もあればいいそうです。あとどうせ薄めるから品質も問わないそうです、エリクサーでさえあればバッタものでも嘘ではないから構わないと言ってました」


「ここで堂々と言うような話なんですかね……? もう少し秘密にした方がいいのでは?」


「どーせ誰も信用しないか粗悪品であるのは承知で参加しますよ。料金が七日で金貨十枚ですよ? ロクなものが来るわけないじゃないですか」


 確かに一瓶金貨十枚以上の値が付く可能性もあるのにその値段でまともなものは来そうもないな。


「それで、納品できませんかね?」


「できなくはないですけど……効き目はまったく期待できませんよ?」


 それにノースさんは食いついた。


「是非お願いします! もう効き目とか誰も気にしないので飲んだら良い感じになれる薬であれば構いません!」


「まあそれなら……」


 俺は拝み倒されて納品用の樽をストレージに入れてギルドを出た。エリクサーであればいいのなら薬草を大量に入れて成分を浸出させるだけで出来る。もちろんそんな雑な作り方をしたものがまともな効き目を持つはずがない、精々消毒液の代わりになる程度だろう。使い方としては飲むそうなのでたくさん飲めば気持ちよくなる程度の効き目はあるのではないだろうか。


 まあなんだ……ギルドが求めているならそれでいいのだろう。どうせまともなものが出てくると思っている層が客ではないのだし、看板通りエリクサーなら嘘ではないのだ、気楽に行こうじゃないか。


「薬草採取から始めるかな……」


 何はなくともエリクサーの素材を集めなければならない。そこでふと気がついたのだが、この辺の薬草が生えている草原の一部をこの前吹き飛ばしたんだった……責められたわけではないけれど、多少の責任は感じてしまう。


 普通に森で集めるかな……まだ全部は吹き飛ばしてないしな。


 森に行くと泉のほとりに薬草は山のように生えていた。高速移動を使えばこのくらいは簡単だし、何より途中で魔物に絡まれる心配がない。


 片っ端から薬草を刈ってストレージに放り込んでいく。今はストレージの投入口を樽の中にしているのでガンガン詰め込んでいけばよい。簡単ではある。


 しかし刈り取るだけだというのに気が進まないな……どうせ粗悪品になるのだから大層なものである必要はないけれど、自分の作ったものが良くないものだと広まるのはいやだろう。


 あっという間に草刈り作業は終わった。元々薬草採取など初歩の内容なのだが、量が量だけに面倒くさいものだ。俺は樽一杯の薬草をストレージに入れたまま村に帰った。


 俺は薬師の店に入って抽出用の溶解液を購入する。水でもいいのだが多少なりにも高品質なものを納品したい、プライドみたいなものだ。


 宿の部屋に帰ると樽を出して中に溶解液を多少入れてそれを水で薄める。後は時間が解決してくれるのだが……


『オールド』


 こんなものに真面目な抽出の手間など望むべきではない、このくらい雑で構わない。力の入れどころを判断するのは重要だ。


 あっという間に薬草の成分が溶け出していく、即席エリクサーにそんな価値などはない、これを持って戦闘に出向く奴がいたら絶対に止めるだろう。もっとも、今回は飲むためのものなので問題無いのだが。


 エリクサーは味もよい、それが理由で意味も無くそれを飲む連中もいる。そういうやつらがこののサービスを思いついたのだろう。何を思いつこうと構わないが、俺に後始末を押しつけるような真似はやめてほしいものだ。


 そんなことを考えているあいだに溶出はもう終わった。高級品なら蒸留とか精製もするらしいが、品質問わずとのことなのでこれで提出すれば十分な量だ。


 その日は一晩寝かせて成分を安定させるために部屋に置いて寝た。


 翌日、俺はギルドに納品に来ている。来るなり早々、『もう出来たんですね! さすがクロノさんです!』とノースさんが俺を出迎える。


「出来ましたよ、品質は保証しませんがね」


「では、奥で検品させていただきますね」


 俺たちはギルドの検品場に行き、ストレージからエリクサーの樽を取り出す。


「本当に樽一個分、作ってきたんですね……」


「言い出した方が驚いてどうするんですか!」


 ノースさんは小さなカップですくい取り味を確かめる。戦闘時に使う品質が要求されるなら腕に傷をつけてそれにかけて回復薬としての性能をチェックするのだが、飲用しかする気が無いので味を利くだけで十分なのだろう。


「味は良いですね、これだけの品質なら飲ませても苦情は来ないでしょう」


「でもそれ怪我人には薬草くらいの効き目しか無いですよ?」


「十分です、どうせこんなプランに入る人は味しか見てませんから」


 検品が終わり俺はギルドのカウンターで報酬の金貨百枚をもらった。もらいすぎのような気がしたのだが、検品が終わって早々に貼り出された広告に七日で金貨十枚の飲み放題プランを皆が興味津々といった様子で見ているのをみて、なるほど元は取れそうだなと思った。

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