第71話「紅茶を売る少女」

 その日、ギルドで何やら途方に暮れている人を発見した。無視した方がいいのだろうが気になったので事情だけでも聞いてみることにした。


「あの、どうかされたんですか?」


 俺の言葉にまだ年若い女の人は俺の手にすがりついて泣き出した。


「うぅ……上司がこれを売って来いって言うんですよ! 無理ですよぅ……このギルドでも断られるし……」


 周囲に目をやると皆揃って目をそらした。不味いことになった、どうやら面倒事を抱えているらしい。


「頑張ってくださいね! それじゃ!」


 逃げようとする俺の腕をがっと掴んで『話くらい聞いてくださいよぅ』と泣きつかれたので昼食を兼ねて話を聞くことにした。


 運ばれてくる肉を食べながら事情を聞いた。


「で、なんで途方に暮れてたんですか? 商品が売れない事なんてよくあるでしょう?」


「それはそうなんですけど……上司からこれを全部売るまで帰ってくるなって言われてるんですよ……」


「一体なんなんですか? そのやたらと大きい鞄は」


 鞄と呼んでいいのだろうか? 背負っているし、それは馬車で運んできたのであろうと思われ、徒歩では運べないサイズをしている。


「クロノさんに泣きつくのはやめてください、そんな量、どこも買い取ってくれませんよ」


 ノースさんは無慈悲にそう宣告する。


「お茶なんですよ……茶葉、ウチの故郷が今年は豊作でして……あんまり収穫できたものだから販売先が無いんですよ」


 見たところ茶葉の量がカップに換算すれば一年ではとても使い切れない量だ。


「まあ……その量を買い取ってもらうのはキツいでしょうね……」


 無謀にもほどがあると言える量だ。一生紅茶を飲むという人なら消費できるだろうが、残念だが茶葉は経年劣化する。去年の茶葉でも価値が大幅に落ちるのに数年分の茶葉を消費するのは難しい。


「食堂とかに買い取って貰えばどうですか?」


 大量に使うところならいいわけで、食堂なら一日に大量に茶葉を必要としているはずだ。


「それが……みんな大口契約していて違約金を取られたくないから無理だって言うんです……」


 そうなのか、食堂だから仕入れ先は決まっているのだろう。となると関係を悪くしてまで多少安いだけの茶葉を買う人もほとんどいないのだろう。しかもそうして茶葉を買っても好評を得るかは分からない、そんなギャンブルには乗れないのだろう。


「ちなみにそれ全部でいくらなんですか?」


「買ってくれるんですか!? 金貨五枚です!」


 うーん……『ストップ』を使えば味が落ちることはないので保存は出来るのだが、それが売れないとなるとメリットは少ない。


「自分で飲む分くらいは買ってもいいけどさあ、その量は使い切れないよ」


「そんなー……値段を聞かれたら買うかもって思うじゃないですか!」


 そんなことを言われてもなあ……俺だってこんな量のお茶を飲むことは無いっての……


「少しなら買えますけどね」


「マジですか!? じゃあ半分くらい買い取ってくれませんかね!」


「それはちょっとね……」


「ケチですね……」


 ケチと言われてもなあ……そういえば、西の方に朝昼晩とティータイムを欠かさない人たちがいると聞いたことがある、そこまで持って行けば売れるかもしれないな。


「あのですね、ここから西にずっと行ったところではお茶が普及していて結構な量を飲むそうですよ、そこで売ってみてはどうです?」


「そこの話は聞いたことありますけど、そこまで運ぶのに香りも味も飛んじゃいますよう!」


 しょうがない、ここだけは少し手を貸すか……


「ちょっとギルドの検査場に行きましょうか」


「え……?」


 俺は彼女に耳打ちした。


「これから起きたことはナイショですよ?」


 そう言って俺は茶葉の大量に入った鞄をまとめてストレージに放り込んでポカンとしている彼女を連れてギルドの奥の方を借りた。手続きに関しては『この子を何とか出来るなら多少の便宜は図ります。ということでスムーズに事は運んだ。


 全部を部屋に出してドアには『立ち入り禁止』のドアプレートをかけておく。


「ここで一体何が起きるんですか?」


「秘伝の食料保存法ですよ」


『ストップ』


 茶葉からの香りが一切無くなり、時間停止される。本来魔物とかに使うことが多いし、人のものに使うことは無いのだがギルドの平和を保つためだ。


「これは……?」


「これでこの茶葉は濡れようが風に吹かれようが完璧に保存されるのでそのまま持っていってください。売れたらこの魔石を使えば採れたての茶葉の味に戻りますから」


「そんな魔法なんて聞いたことも無いんですけど?」


「まあ俺くらいしか使いませんからね。試しに一杯飲んでみましょう」


『ストップ』を使用した茶葉をひとつまみ取りだして残りは大きな鞄に詰め込んでギルドの食堂に向かった。


「それで……こっそりこうして魔石をぶつけると……」


 お茶の香りがフワッとあがる。


「すごい……さっきまで味も香りも無かったのに」


 お湯をだして茶葉を濾し器でこす、あっという間にお茶の完成だ。


「では飲みましょうか」


 ずずず……と一口飲んで、俺は確かにこの茶葉は自慢できるなと思った。いい香りが立っていて、色も濃すぎず薄すぎず、えぐみもほぼ無い、高級品であることが俺でも分かる。


「凄いですね、できたてみたいじゃないですか!」


「こうやって売ればいいでしょう? では俺はこれで」


 彼女はありがとうございます! と言っていたが、俺は仕掛けがバレないことを祈るばかりだ。品質に嘘があるわけでは無いが時間停止なんて使いようによっては軍事利用も出来るので噂でも広がって欲しくない。


 まあ……あの子だってわざわざ商売の種を明かすようなことはしないだろうし問題無いだろう。


 ギルドから勢いよく出て行った彼女を見ながら飲むお茶は確かに美味しいと感じたのだった。

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