第70話「大蛇を倒してと頼まれた」

 ギルドに行くとでかでかと討伐依頼が貼り出されていた。


『急募! 南の森に住み着いたデススネークの駆除』


「あ! クロノさん! この依頼に興味がありますよね? あんなに強いんですもんね! ちゃちゃっとこの大蛇をぶっ潰してきていただけませんか?」


 この前のバッタで無駄な信頼感がギルドでは生まれてしまったようだ。俺は歴史の表舞台に出るのは性に合わないと思っている。出来れば細かいクエストをこなして冒険者としての名前を上げたいとは思わなかった。


「すいませんがこういう依頼はちょっと……指名依頼は目立つんですよね」


 その言葉にギルド全体の視線が俺の方を向いた。え? 失言だったか?


 ノースさんが気まずそうに俺にその理由を説明してくれる。


「あの……クロノさんはもうこの村では英雄的扱いなので目立つも何もないと思いますよ? というかここのギルドで一番の有名人は間違いなくクロノさんですよ?」


「ええええええええ!?」


 理不尽だ……世の中は理不尽だ……俺は別に目立とうとしたわけじゃないのに……


「当たり前じゃないですか! おかげで近隣の地図を書き換える羽目になったって担当が文句を言ってましたよ?」


「なんか……ごめんなさい……」


 俺が悪いとは思えないし、不可抗力だと思うのだが、間違いなく原因は俺なのでそこは謝っておく。地形を変えるといろいろと面倒なんだよな。


「というわけなので、デススネーク討伐お願いしますね!」


「いや受けるとは……」


「あーなんか測量部隊に文句を言われて寝不足なんですよねー……ふぁあ……眠いですねー」


「分かりましたから受けますよ! 受ければいいんでしょう!」


「はい! ありがとうございます!」


 眠気など微塵も感じさせない顔でノースさんは俺に依頼を押しつけた。


「南の森に生息しているのでちゃちゃっと倒しておいてくださいね」


 そう言って俺を送り出した。強すぎる力は身を滅ぼすという古くからのことわざが頭の中でひらひらと踊っていた。強さなんて誇示してもいい事なんて無いのだ、俺は平凡な人間でいたい、神や悪魔扱いされるなんて困る。


 そしてギルドを出て、面倒くさいとは思ったが、負い目があるので断れなかった依頼を推敲するために森に向かった。なお、夜になると森では魔物が多く出てくるため『クイック』を使って高速移動をすることにした。一応全世界を『ストップ』で止めてもいいのだが、それをやるとまた有名になってしまうかもしれない、世界を止めるより自分を加速させた方が目立たない。そして俺の体感時間はさておき、普通の人ならあっという間に着いたように見える時間で森にたどり着いた。


 困ったことにデススネークは森に入ってくる人間を襲うらしいが、そう簡単には出てきてくれない。まさか爬虫類にまで俺の名前が轟いているとは思わないが、蛇はかなりの長期間食事をしなくても生きているらしいので俺の前に出てくるとは限らない。まさか森ごとまとめて破壊しつくしてくれという依頼でもないので無茶は出来ない。


 森に火をつけて焼き討ちにかければ倒せるんじゃないかという考えがよぎったが、森の動物に恨みはないし、森というのは立派な資源なのでそんなことをしたら恨みを買うこと間違い無しだ。


 平和的な方法でデススネークをあぶり出す方法は思いつかない、いや、平和的で無い方法なら無数に思いつくのだが、それはアウトだろうという方法ばかりが浮かぶ。


「さすがに水源に毒を流すのはマズいよなあ……」


 他にも木々に『オールド』を使って全て枯死させれば見晴らしがよくなるだろうとかそういう方法しか思いつかない。


 大きいなら目立つはずなんだけど隠れるのが随分上手なようでさっぱり見当たらない。


 枯れ枝を拾って集め、たき火をしながらいい方法が無いものかと考えた。おとりの動物を使うというのはどうだろうかと思ったが、デススネークの食性などまったく知らないのでおとりに引っかかるかどうかは未知数だ。森の中にいることが分かっているなら人海戦術をとればいいんだよ、なんでこんな効率の悪い方法をとるんだ……


 せめて生息域くらい教えてもらっておけばよかった、森全体はあまりにもざっくりとしていて広すぎる。そこへ一匹のオオネズミが出てきた。


『ストップ』


 動きを止めて放置して考えをめぐらせる。何かいい手はないだろうか? そう考えているとシュルシュルという何かがこすれるような音が聞こえた。


「なんだ?」


 そこで大きな蛇が飛び出して静止している大ネズミを丸飲みにした。おお、コイツがデススネークか、確かに大きいな。


 俺の方へも食いついてきそうだったので『ストップ』で動きを止めた。胴回りは俺が両腕で包み込めるかどうかという太さ、長さも馬車数台分くらいあるので大蛇という噂に恥じないサイズだ。


 この大きさに『ストップ』が効くかどうかは疑問だったが、空間圧縮が山一つに通じるんだから蛇の一匹くらいどうということはないのだろう。


 動きを止めたままストレージから長めで切れ味のよいロングソードを取りだしデススネークの首を落とした。


 時間停止を解除して後は討伐の証拠となる牙を折ってストレージに入れておいた。依頼はこれで完了なのであとは帰るだけだった。


 もう帰ろうとしたところでデススネークの死体に食いつく別のデススネークが現れた。死体を食べるのに夢中になっている様子だったのでそいつについては放置した。どうやらデススネークというのは確実に食べられると判断できる獲物を食べているのかもしれない。動かないネズミを食べたのがその根拠だ。


 俺の討伐依頼は一体のみ、無駄に殺してもしょうがないのでさっさと『クイック』を使って森を出た。


 あとは帰るだけなのでスキルも魔法もなしでのんびりと一泊してから村に帰った。討伐も終わったのでギルドに顔を出す。


「ノースさん、討伐終わったので報酬ください」


 ゴトリと大きな牙をカウンターに置くとビクビクしながらノースさんが鑑定をしてくれた。


「んー……確かにデススネークの牙ですね。やはりクロノさんには簡単すぎましたか?」


「頼むから誰も受けないような依頼を俺に押しつけるのはやめてください!」


 俺の懇願で依頼が俺に来ることはなかった。ノースさんが『えー……いつまでも貼ってあるやつがあと何個かあるのに……』と愚痴っていたが、それはギルドの問題であって俺の問題ではない。


 報酬として金貨を三十枚ほどもらって宿に帰った。その時宿の主に『もったいないな、デススネークを漬け込んだ酒は強壮薬になるから回収しておけばよかったのに』という後出し情報を頂いた。アレを食べ物に使うという感覚は理解できないが、とにかく依頼を終えた安心感から部屋に戻るとベッドに吸いこまれ、意識はブラックアウトしていった。

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