第40話「火山といえば温泉」
俺が安値で宿に泊まった翌朝、町を歩いてみるとやけに好奇の目を浴びる羽目になった。具体的な方法は言わなくても、俺がやったという事実だけは伝わってしまったからだろう。
まーそんな視線は無視するわけだがな。勇者どもと組んでいたころなんで勇者パーティ全体へ視線がどこへ行っても向かってきたからな。このくらいの視線なら慣れてしまった。
俺はとりあえず観光をすることに決めた。今ならぼったくりをしている店ももう無いだろう。町は山の麓にあるだけあって金属製品が多く売られている。鉱物については不足していないようだ。
ぶらっと寄ってみた食堂に寄ってみる。『銀翼』と書かれた看板の店に入ると内部は随分と活気づいていた。
「いやー、復旧作業をする羽目になるかと思ったが助かったな」
「ホントだよ、あれって百ページ以上あるからな。あの復旧マニュアルは人に優しくないよ」
そんな言葉が飛び交っている。俺がやったこともそれなりに歓迎されているらしい。それは心にぬくもりが伝わってくるような心持ちだった。案外このスキルも使い道はあるな。
「注文は何になさいますか?」
給仕さんが質問に来たので俺は『お勧めで』と注文しておいた。メニューを見るのが面倒なときはこれに限る。周囲では煮物や炒め物を食べている人が多い、全体的に色が赤いのを見るにおそらく辛い料理が名物なのだと思われる。
「お待たせ! 野菜と羊のピリ辛炒めです」
そう言って俺の前に肉野菜炒めを置いていった。どうしよう、思ったより赤みが強い。とはいってもとんでもなく辛いものが出てくるわけではないだろう。地元民基準ではなく観光客基準で調理されているかもしれないしな。
何事も挑戦だな、食べるとするか。
野菜を一切れ掬って鼻に近づけてみる。ツーンとした刺激臭がした。これはあまり観光客向けにチューンされていない料理のようだ。
料理を口に入れると舌がしびれそうな刺激に襲われた。俺は思わず水を一気飲みする。なんだこれ!? 本当に人間の食べるものなのか?
しかしその炒め物には妙にクセになるところがあり、半分くらい食べてしまうと辛みも心地よくなってしまい残りは楽々に食べてしまった。食べ終わった後で水を三杯ほど飲むことになったのはしょうがないことだ。
「ごちそうさま、料金は?」
会計の段階になって代金を聞かずにお勧めを頼んだことに気がついた。高いものではないと思うが多少は値が張るかもしれない。
「はい、銀貨三枚になります」
「はいこれ」
俺は代金を渡す、比較的安くあがったな。
幸いあの町長のおかげでぼったくり店はなくなっているそうだし気楽にいけるな。
町を歩いていると見慣れない看板に出会った。
「『温泉、竜の湯』?」
その建物は煙突から煙を噴き上げている。温泉か……初めて見たな。火山地帯に多いという噂は本当だったのか。
俺は建物に入ることにした。男湯と女湯で別れているようだ。代金に銀貨六枚を払ったがただ単に大きい風呂に入る代金として適当な値段なのかは分からない。そもそも湯船に浸かりたければ石の浴槽に水を生成して炎魔法を突っ込むだけで出来る。原価なんてほとんど要らないのだが、ここにどういったプレミアム感があるのかは気になるな。
脱衣所で脱いで浴室に行くと思った以上に大きな湯船と体を流すお湯が上から落ちてきていた。
体をざっと流し温泉に浸かる。不思議な感覚だった。ただのお湯だと思ったのだが、浴槽に浸かった瞬間に体力と魔力が回復するような気がした。これが温泉というものか。
「おや、町長様に呼ばれた旅人さんですかな?」
隣で浸かっていたじいさんに話しかけられた。公衆浴場はこういったやりとりが時々ある。
「ええまあ、町長さんのおかげで安く滞在できますよ」
「お前さんが噴火を止めたんじゃろ? そのくらい当然じゃろう」
そうなのかもしれない。しかし対価は銅貨一枚でも払っておくべきだと俺は考えている。
「旅人さんはどこか目的地があるんですかな?」
「これといって無いですね。世話の焼ける連中が手を離れたのでそれまで出来なかった旅でもしようかと思いましてね」
「そうか、この町に住む気はなさそうじゃな」
「俺は自慢じゃないですがトラブルの種ですよ? 絶対ロクなことにならないのが目に見えてますから」
じいさんは少し考えてから俺に言葉をかけてきた。
「そう思うのは自由じゃがな、わしらはちゃんと感謝しておる。それは忘れないでいただきたいな」
俺は頷いた。
「ええ、そういう町があったことはちゃんと覚えておきますよ」
そしてしばし入浴していると、じいさんがもうあがるので一緒にあがろうと言ってきた。
そろそろのぼせそうだったので俺も浴槽からあがってかけ湯をして出た。
服もしっかり着たところでじいさんが卵を二つ持ってきた。
「ほれ、ワシからの礼じゃ、食うがよい」
「なんですかこれ? ゆで卵?」
「惜しいのう、温泉で温めた卵は独特の固まり方をするんじゃよ、それを掬って食べる料理じゃ。温泉地以外ではあまり作られておらんの、まあ名物みたいなものじゃよ」
俺は卵の殻にひびを入れ割ってみる。とろっとした白身と固まりかけの黄身が出てきた。黄身だけが固まってるのか……
スプーンで掬って食べてみる。
「なかなか美味いですね!」
「そうじゃろう? この町の名産じゃから他所に行っても宣伝してくれてもよいぞ」
にやっと笑う老人に、俺はこの町はまだまだ活気に溢れているのだと理解する事になった。
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