第39話「本当の歓迎」
町長は驚きを隠せない様子で俺を見ていた。
「おお……まさか……こんな事が……」
火山についての調査報告を読みながら俺の方を見る。その目には感謝と畏怖の感情すらも感じられた。町長の家に滞在して二日間、一回たりとも火山性の地震は起きていなかった。
町長は俺に手を差し出し頭を下げてきた、大したことはやっていないので少し申し訳ない気分にさえなってしまう。
「ありがとう……町を救ってくれて本当にありがとう、そして私の代で噴火しないようにしてくれたことを心より感謝する」
なんだか後半に本音が出ているような気がする。結局百年後には噴火の危機は表出するだろうに、死んでしまえば後のことはどうとでもなれと言うことだろうか? いい性格をした町長だな。
そして、その日の昼頃になると火山の監視班も、すっかり地震を観測できなくなり、どうやら火山の噴火の可能性は低いだろうと言うことを結論づけた。
市井の反応はそれらよりもっと早かった。朝起きるときに揺れがないという時点でおかしな事ではあったし、朝食に出されたコーヒーの水面はしずかに平面を維持しており、揺れによる波紋が無いのが何よりの異常事態の証拠だった。
そしてそれを疑問に思った人たちがおりにつけ、町長の家庭を訪れた。
「ホイストさん! 揺れが無いんですけどどういうことですか!」
これで何人目だろう? まとめてくればいいのにと思うのだが、人が一枚岩になれないのが自然の摂理なのだろう、ご丁寧にみんな時間をずらして町長の家にやってきた。
そして『火山のことなら向こう百年は心配要らんよ」というだけの説明に納得してくれる人は少なかった。それについては俺がスキルの詳細を明かすのを渋ったという原因もある。それについては申し訳ないが、このスキルを大っぴらにすると大抵ロクな連中が寄ってこない。俺だけなら負けることは無いが人質を取られたら面倒なことになる危険性は秘めている。危ないことをわざわざするほどヒマではない。
「実は旅人さんが解決してくれたんじゃよ、どうやってとは聞かんでおいてくれ、分かるじゃろう?」
その言葉で大体の人は去って行った『どうやって』と聞いてきた人にも『それはワシの口からは言えないのう……火山を停止させることの出来る人間に訊いてみたらどうじゃ?』と言うと当然ながらそんなとんでもないことをするような人にけんか腰で質問攻めに出来るはずもなく、すごすごと帰っていった。
接客を終えた町長が応接室に入ってきて俺に問うた。
「さて、ワシに出来ることは限られておるが何か褒美は要らんかのう……最近噴火が近いと言うことで皆財産をため込んでおるぞ」
「ではこの村の安全宣言と公正な取引をすることをお願いします。このまま滞在したら物価で大分持ってかれそうですからね」
町長は驚いた顔をした。
「いいんですかな? これだけしてくれたなら滞在費無料でさえ可能ですぞ?」
「タダ飯は嫌いじゃないですがね、恨みを買うのはいやなんで払うものはちゃんと支払いますよ」
「旅人さん、そう言えば名前を聞いておりませんでしたの、お名前はなんですかな?」
「クロノです。旅人のクロノ」
「なるほど、あなたの名前を村の歴史に刻みましょうかの……」
「やめてくださいよ! 目立ちたくないんです!」
町長はふぉっふぉっふぉと笑った。
「欲が無いですの」
「俺は名誉欲より静かに暮らしたいって欲望が強いだけですよ」
町長はそれを聞いてにこやかに言った。
「では使いの者にギルドであなたへの対応を周知しておくとしますかな、おいメイ! その通りのことをギルドに伝えてくるのじゃ」
部屋のドアの前にいたメイと呼ばれるメイドさんは会釈をして部屋を出て行った。とりあえずこの町で
「では我々はコーヒーでも飲むとしますかな、クロノさんもそれくらいは飲むのでしょう?」
「ええ、いただきます」
町長は俺に借りがあるのだから多少のことはしてもらっても文句は出ないだろう。町長が部屋の隅に立っていたスミスという使用人にコーヒーを入れてこいと言った。
「お世話になりましたねホイストさん、この様子だと来賓用の部屋はもう使わなくてもよさそうですね」
「少し残念ですな、村を救った方を泊めたとなると箔がつくでしょうに」
「それは俺を神聖視しすぎです、俺はタダの俗物的な旅人ですよ」
俺は神や悪魔がやるようなことは基本的にしないことにしているんでな、そう言う奇跡や悲劇の類いは神や悪魔が勝手に引き起こして勝手に騒いでくれればいい。俺には関係のない話だ。
「コーヒーをお持ちしました」
「おいていけ」
町長はそれなりに尊大な性格だ。人間偉くなるとそんな風になってしまうものなのかも知れない。俺は自分より強いやつにはこびへつらうような人間だ、問題は自分より強いやつに会ったことが無いということだろうか。
コトコトと二つのカップが置かれ、老人となった町長としばし会話をした。老人だけ会ってあまり花が咲くような会話は出来なかったが、村の歴史を教えてくれた。
時々噴火するのでそのたびに町を離れて噴火が収まったら町を作り直しているそうだ。そうまでしてここに住む理由があるのかと聞いてみたところ『先祖から借りて子孫に残していけるものは土地くらいしか無い』とすこし寂しいことをいわれてしまった。
それに噴火の度に産業を一から始めるのでマニュアル化は遙か昔から完璧にしているということも教えてもらった。一度噴火したら同じ工場を建てて同じ製法でできるだけ早く同じものを生産できるようにするための噴火マニュアルというものがあるらしい。
農家にもまた、噴火後にできるだけ早く収穫できる作物リストと、その育て方の案内がしっかりと残っているらしい。
「しかしそれなら噴火を止める必要が無かったのかも知れませんね」
俺は噴火してもあまりこの町の人が困らないんじゃないだろうかと思ってそう聞いた。
「いや、噴火してしばらくは不況が続くので止められるなら止めるにこしたことはないんですよ」
人にはそれぞれ事情がある。何をしたいかとか、どうなりたいかとか、そういったものに口出しする気は無い。このホイスト町長がこの村の歴史に名を残したいなら好きにすればいいだろう。
そこでドアがギィと開いた。そこに立っていたのはメイさんだ。
「町長、ギルドへの連絡を完了しました。順次各施設に安全宣言を伝えておくそうです」
「うむ、ご苦労」
ホイスト町長がそう言うとメイさんは部屋を出て行く。伝達の早さが凄い、さすがは付き人といったところだろうか。
そして町長はコーヒーカップを見ながら俺に声をかけた。
「しかし本当に凄いですな、カップに波一つ立たないとは」
ああ、そう言えば火山特有の地震でカタカタしてたもんな。突然静かになったら落ち着くはずが無音に耐えられないようなこともあるのだろう。
俺はコーヒーを飲み干してから町長にいった。
「では俺は今日の宿を探すことにします。お世話になりました」
「お世話になったのはこちらじゃろうになあ……」
そうして町長の自宅を出た。俺は宿屋の看板が連なっているところに行くことにした。治安は良いようで危険性はなさそうなのどかな表通りだ。
俺はもうすでに価格が反映されたのか知るために一番大きい建物の宿に一泊することに決めた。法外な値段を請求されたらまだギルドからの通達が来ていないということだろう。
宿に入ると受付の人が俺に思いきり注目してきた。
「クロノだ、一泊いくらになる?」
「一泊銀貨一枚です」
「金貨一枚か、結構高い……銀貨? 銀貨って言った?」
「はい、町を救ってくれた方からむしろうなんて思いませんから三食付で銀貨一枚です」
こうして俺は町長の家の来賓室に負けず劣らずの部屋を破格の値段で手に入れた。その日、ふかふかのベッドにダイブしたとき、意識が霧散していきベッドに疲れが吸いこまれていった。
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