第37話「旅の先へ」

「シェールさん、そろそろこの村を発とうと思います」


 俺はギルドで世間話のようにこの村を離れることを告げた。


「そうですかー、今までいろいろありがとうございます」


 しれっと流す人だったようだ。ギルドでは大抵こういうときはいつものことと流す人と人数が減ることから引き留めに走る人がいるが、シェールさんは前者のようだ。


「あっさりしてますね」


「引き留めて残ってもらっても大抵その人のやる気はなくなりますからね、出て行く人を引き留めないのが当ギルドのポリシーですよ」


 なんだ、意外と人のことを考えてくれているじゃないか。そもそも旅人に定住を望むと言うことに無理があるといえばそれはそうなんだがな。


「結局、依頼はロクに受けませんでしたね」


 お金は稼いだが村に貢献した気はしない。冒険者というよりは旅商人といった活動しかしなかったな。


「でも、クロノさんには結構感謝してるんですよ?」


「そうなんですか?」


「ええ、あなたが来てから経済が少し上向きましたから」


 さらりとそう言うシェールさん、俺はそこまでの影響を出せただろうか? あまり自信はないが経済に明るいギルド職員の言葉なのだから嘘ではないのだろう。ストレージ一杯に旅道具を詰めて、もう出る気満々だったのだが、褒められて悪い気はしない。今更心変わりはあしないんだけどな。


「それでは、もう行きますね」


「あ、ちょっと待ってもらえますか? まだギルマスに会ってないですよね? この前の野菜ジュース納品の時にギルマスが『一度会ってみたい』って言ってたんですよ、ちょっと時間良いですか?」


「そのくらいは構いませんよ」


 ギルマスか……俺みたいにパーティから追い出された人間にあまり優しい人はいなかったがここのギルマスはどうなんだろうか?


「ギルマスーー! 出てきてくださーい!」


「「……」」


 奥の方に向かって呼びかけていたが何の反応もなかった。シェールさんはイラッとしたのを隠そうともせず、ギルド奥に引っ込んでいった。


「ギルマス! だから飲み過ぎるなって言ったでしょう! 野菜ジュースがあるから平気? 残念ですがもう無いんですよ」


「いつもいつも無茶な飲み方をしすぎなんですよまったく……」


 そんな声が奥から聞こえてきて、幼女が引っ張ってこられた。耳が長い、どうやらエルフらしい。


「ういー……やあクロノくん、ここでエルフ特製ドリンクを飲めるとは思わなかったよ」


「ここのギルマスってエルフだったんですか?」


「これでも結構な歳ですからね、年相応に摂生してほしいものです」


「クロノくん、私がギルマスのフィルだ、よろしくね。とは言っても君はもう出ていくそうだがね……」


「なんでエルフがこんな肉と鮭ばかり食べてる村でギルマスやってるんですか?」


 フィルは心外だという風に熱弁を振るう。


「何を言ってるんだ! 肉も酒も美味しいだろう! しかもギルマスをやっていればお金までもらえる、そのお金で地元のためにお金を払う、完璧なサイクルじゃないか!」


 要するに肉と酒が好きだと言うことは分かった。


「この辺は平和ですからね……エルフだと一回引き継ぎをやれば退職までが長いので不人気なギルマスという職業に就いてもらってるんです」


「ちなみに私は納得済みだぞ! ちょーっと給料が安いかなとは思っているがね」


「ロクにクエストの入らないギルドなんだからそこは我慢してください」


「まあそれはそれとして、クロノくん、久しぶりにエルフっぽいものを飲んだ気がするよ、ありがとう」


「エルフとは思えませんね?」


「一つの種が皆同じ嗜好をしているはずがないだろう、私は肉が好きだった、それだけだよ」


 あの里には随分と肉好きが多かったような気がするが、ギルマスの考えは案外普通なんじゃないだろうか? 案外種族の偏見など当てにならないものだ、このフィルもエルフの中でそれほど変わっているわけでもないんだろう。


「ところでクロノくん、君はどうやってエルフのドリンクをここまで持ってきたんだい? 初めてもらったときは傷んでいるかと訝しんだんだよ? 試しにシェールに飲ませたらまったく傷んでいないどころか新鮮なできたて感のある物だったんだが」


「ああ、ストレージに入れておくと痛まないんですよ」


 時間停止を使用してという部分については伏せておいた。あまりにも万能な力は疎まれるからな。


「ふーん……なかなか便利な収納魔法だね、正直この村に欲しい人材だよ」


「悪いですが俺は旅が性に合っているので定住はしたくないんですよ」


「止めはしないよ、旅人で冒険者なんてワケありの人材なのは確定だからね」


 バレてたか……確かに優秀ならどこかのパーティに入っているだろう。俺が一人で旅をしている時点でワケありですといっているようなものだ。勇者パーティを追い出されたなどと知れたら権威も何もないほどみっともない人という扱いをされるだろう。だからこうして旅をしているわけだが……


「では俺はそろそろ出るとしますよ、縁があったらまた会いましょう」


「そうだね、君とは一度酒を飲みたかったよ」


「俺はこの村の人ほど酒に強くありませんよ」


「あの……クロノさん! お元気で!」


「シェールさん、フィルさん、ありがとうございます。それでは俺は行きます、いずれまた」


「ああ、いずれまたね」


「またのお越しをお待ちしてます」


 こうして俺はカカオ村を発った。その前に村で肉を大量に購入して時間停止を使用し、保存しておいた。旅の道中に総合よく肉がたくさん手に入ることはないからな。当面のところ豊かな食事環境が維持されるというのは圧倒的なメリットだ。


 村の出入り口で出て行くことを伝えると、お礼を一言もらえたので結構いいことをしたのだろうと思える対応だった。俺はのんびりと青空の下で旅を続けていくのだった。

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