第36話「健康ジュースを売る」

 この村では肉が主に食べられていると知り、ふと気がついたのだが以前エルフから買い取った野菜のみで出来たジュースを買ったのを思いだした。


 案外ギルドで買い取って貰えるかもしれない、ギルドの意思次第だが、そういったものを食べたり飲んだりしないと言うことは市場が未開拓だということだ。


 あのエルフ、よほどうんざりしていたのか大量に瓶に入ったジュースを渡してきた。二束三文で買い取ったのだが『飲んでも減らないので助かります!』と感謝されてしまったのに驚いた。どうやら食べ物として渡されるので減るペースと配布されるペースを合わせないとならないらしい。


 とりあえずギルドに行かないと何も始まらない。


 というわけでギルドに向かった。売れてくれると良いのだけれど……細かいことはいいか、ストレージに入れておけば無制限に保存できるしな。


 俺は朝食を済ませてギルドへ向かった。言うまでもないが朝食は肉だった、朝から随分腹にたまるものを食わせてくるな……


 そこそこヘビーな食事を何とか食べきったのは褒めて欲しいくらいだ。まあ食堂にいた人のほとんどが平気な顔で食べていたので大したことではないのかもな……


 ギルドへ着いたので迷わず買い取りコーナーへ向かった。この村、わざわざ肉の買い取り場を専用で設けているが採算が合うのだろうか? この村、肉に力を入れすぎだろう。


「あら? クロノさんじゃないですか? 今日は依頼ですか?」


「いえ、納品ですね」


 シェールさんはニコニコしたまま俺がストレージから納品物を取り出すのを眺めていた。俺が出したものが植物製品であるところを見て渋い顔をした。


「野菜……ですか?」


「ええ、ちょっと在庫が多いので処分できればなと思いまして」


 マジでエルフ達も嫌がっていたからな。俺も試しに一本飲んだが、口に含んだ瞬間空になった瓶に水を生成して飲んだぞ。健康に良いと続いていたらしいがクソマズいのでいやいや飲んでいたらしい。


「エルフの品ですか……珍しいことは珍しいですが……この町にはあまり合わないかも知れませんね」


「あー……やっぱそうですか」


「試しに一本買わせてもらって良いですか? 個人的にちょっと興味があるので」


「構いませんよ、処分したいだけなので引き取りは歓迎しますよ」


 そうしてシェールさんに一本渡して銀貨一枚を受け取り帰ってきた。クエストは平和そのもので、あまり割のいいものはなかった。割と高めに引き取ってもらえたのはこの村で野菜は貴重なものだからだそうだ。


 ついでなので昼食をその辺の食堂でしておこう。この村は肉が安いので非常にありがたい。これも当然のことになってしまえばそうでもないのだろうか?


 昼食はギウドンで済ませた、あのスピード感のある食事は嫌いじゃない。頼んで十秒で出てきて一気にかき込んで金を払って出る、その時間十分だ、早すぎる。


 昼食も終わり宿に帰るとたまにはクエストを受けないとななどと思うのだが、受けなくても時間魔法で大体生活できてしまうのが悪い。便利すぎる魔法も考え物だな。


 極論自分の体の時を止めてしまえば不老不死も可能だ、楽しくないからやらないけどな。


 翌日、こんどこそクエストを受けるぞと決意してギルドに入ったところでシェールさんに声をかけられた。


「クロノさん! 昨日のエルフのジュースってまだ余ってないですか?」


 ん? あのマズいジュースにはまったのだろうか? 物好きは居るものだ。


「ありますけどまた飲むんですか?」


「はい、アレを飲むと肉をたくさん食べてお酒をあおっても次の日まったくキツくないんですよ! 二日酔いも胃もたれもないんですよ! 凄いですね」


 エルフも肉を求めていたとはいえ肉も酒も少なかったので、そんな効き目があるとは気がつかなかったのだろう。


「どれくらい買い取って貰えますかね? 結構な量があるんですが……」


「そうですね、一本銀貨二枚として二十本で金貨二枚でどうですか? ありますか?」


「ストレージを圧迫するほどありますからね、どうぞ」


 ゴトゴトと瓶を二十本出して置く。しかし二十本とは微妙な数だ、在庫には余裕がありすぎるが案外売れないのかな?


「ではこれはギルドで買い取って試供品として配布しますね」


「え? 直接売るんじゃないんですか?」


「この村の人は野菜が嫌いですからね、酒飲みの人とかに配っておけばそれなりに商売になりますよ!」


 語気強めに言われたので俺は黙って金貨二枚を受け取り納品して終了した。不味い飲み物だと思ったが地域によっては受けるのかも知れない。


 その日は何事もなく宿に帰って、宿賃をせっかくなのでさっきもらった金貨で払っておいた、お釣りももらったが、その場所で稼いだ金をその場で落とすのは経済活動として正しいと思っている。


 そして翌日、今度はクエストを受けるぞと心に決めてやってきたギルドはこんなに登録していたのかというほどの人で溢れていた。


「おい! 俺にもくれ!」


「俺にも!」


「私と夫の二人分をください!」


「クロノさーん! 納品お願いしまーす!」


 俺の名前が呼ばれると人の波が二つに分かれた。


 その間を通って受付に行くとシェールさんが俺に泣きついてきた。


「あのジュース、ものすごい評判で買いたいって人が来てるんですよ~! あるだけ納品してください! お願いします!」


「は? はあ、全部って結構な量になりますが大丈夫ですか?」


「俺はたくさん買っておきたいからたくさん頼む」


「私も家族の分をまとめて買っておきたいですね」


「ウチは店で出すのにたくさん必要だから大量に買うぞ!」


「というわけなのでもっている分全部納品してください!」


 シェールさんが悲鳴を上げているので俺はギルドの奥にある納品所で箱にして人の背丈ほどもある三段積みを十列ほど出した。これでストレージの中でアレはもう空っぽだ。


「ありがとうございます~売ってきますね!」


 それからギルド総動員で販売され全量が捌けてしまったというのには驚いた。


 シェールさんは俺に『いやー助かりました』といっていたが、この村で野菜が売れるとは……


「案外、みんな野菜を求めてたんですかね?」


「?」


 シェールさんはキョトンとした表情になって俺に聞く。


「いえ、皆さん野菜は大嫌いですよ?」


「え……じゃあなんであれがそんなに売れたんですか?」


「酒と肉をたくさん食べるためには多少不味い野菜を食べるのはいとわない人たちですからね」


 どんだけ食欲に忠実なんだよ……まあ満足してくれたなら良いか。


「ちなみに私も一本確保していますから今晩は焼き肉にする予定です」


「しっかりしてますね……」


 シェールさんの狡猾さに呆れながら俺は金貨五十枚という大金を頂いて、結局クエストを受けることなく宿に帰ったのだった。

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