第35話「肉の祭りに参加した」

 町のあらゆるところにその貼り紙がしてあった。それに書かれた内容は……


「熱い肉祭り!! 肉を食え! 肉は精神を安定させる! 世界平和に貢献しよう!」


 肉を食う→世界平和と論理の飛躍もこの上ないが、とにかく肉の祭りをするらしい。参加費無料で参加すれば協賛店で割引価格で食事が出来るというものだ。


 どうやらこの前の牛が結構な量だったらしい。食べ物を無駄にしたくないというスタンスは嫌いではない。


 そんなわけで俺は村の真ん中に出ている受付所で登録をすることにした。


「肉祭りに参加したいんですけど」


「はい、あ! 旅人さんですね?」


「はい、そうですけど」


「外部の人には参加費高くりますが五割引になるプランも用意されていますが如何ですか? 一般参加だと三割引です」


 うーん……参加費ありで割引強化か……悪くはないんだが、参加費ありか……


「そうですか、参加費はいくらですか?」


「銀貨一枚ですね」


 俺は協賛点の一覧を眺める。結構な量の食堂がこの祭りに参加していた。コレが全部半額、悪くないな。


「じゃあコレで有償参加します」


 受付さんはとびきりの笑顔で肉祭りのパスを渡してくれた。


「では、この村の名物を楽しんでくださいね!」


 そう言って一枚のカードを渡してくれた、それには『歓迎! 肉祭り』と書かれていた。


「どうもありがとうございます、おすすめの店とかありますか?」


 受付の人は少し困った顔をした。


「いろいろありますけど運営が贔屓は出来ないのでお察しください」


 それもそうか。


「でも……この村に美味しくない店は無いので安心してください!」


 自信はあるということか。この前の油の塊を美味しいと言って良いのかは疑問だが味覚の好みは人それぞれだしな。


「じゃあいろいろ見てきますね」


「ええ、楽しんでくださいね!」


 こうして俺はこの肉祭りに参加した。早速だが一番近い『赤い宝石』という店にでも行ってみるか。なんだか町中に肉の香りが漂っているような気さえしてくる。


 町を歩いて行くとどの店にも人が並んでいることに気がついた。食堂以外にも精肉店にまで短いとは言え行列が出来ている。この村の人たちは本当に肉が好きらしい。


 目的の食堂に着くとそこそこの列が出来ていた。行列が出来るのは美味しい証だ、この村ではどこでも行列ができそうな気はするが……


 しばらく待つと行列が進んでいく、早いとは言えない流れだが、この前のあそこが特別早かっただけで、遅いとはいいきれない程度のペースだ。


「次の方どうぞー!」


 順番が来たので店に入る。カウンターがあり目の前で肉を焼いていくスタイルのようだ。


「何になさいますか?」


「赤身、小さめでよく焼いてください」


 最初から大きなものを食べると次が入らないからな。自分の腹具合と相談しなくてはならない。


 ジュウジュウと肉の焼ける音が響いて焦げ目の付いた肉がひっくり返されて焼かれていく。


「どうぞ、肉の鉄板焼きです」


 肉を皿に載せカウンターに出された。ナイフで切ってみると確かに肉の中心まで火が通っていた。


 ナイフで切り分けて口に運ぶ。肉のうまみが口の中を侵食していく。美味しいので無心になって食べていく。割とすぐに皿は空っぽになった。


「ありがとうございました!」


 代金を払って店を出る。まだまだ食べられそうな余裕がある。次の店はどこにしようかな……


 あれ?


 近くの看板を見ると村の地図になっているのだが、それに所々矢印が書かれている。よく見ると『肉』と書いてあるのでどうやらコレが肉祭りの参加店舗のようだ。


 これは……めぐるしかないよなあ――


 俺は近くの店舗から入って料理を食べ尽くしていくことに決めた。美味しいものは大量に食べておきたいな。


 俺は近くの食堂から入ってみた。そこではギウドンという食事が出ていた。甘辛く煮た肉をコメの上に載せたものだが、店のメニューに『野菜がたくさんで健康的!』と書かれていたのだがコメは野菜だったのだろうか? この辺を研究したやつはいないし、学者によっては『自然に生えてくるモノは全部野菜!』と強弁してはばからない派閥もいてそれなりに支持も集めているのだからその辺は曖昧にしておいた方が良いのだろう。


 小盛りをいっぱい食べて代金の銅貨二枚を払って店を出た。銅貨二枚というのは割引ありでも、料理としては破格の安さなので間違いじゃないか? と聞いたが『ウチでは早く安くを徹底してるからね、回転率を上げればなんとかなるんだ』と言っていた。


 商売の仕方は人それぞれで、こういう商売の仕方もあるのかと感心した。


 次は……ここにするか。


 地図で町外れに書かれている矢印を目指してしばし歩いた。中心部ばかり見ていると穴場を見逃すからな、案外こういう村はずれの店にも当たりの店は多いものだ。


 しばし歩くと小さい建物に『カフェブフサンド』と看板の掛かった店に入った。中は家庭的と言って良い、一般家庭のキッチンを改装したのかと思える小ささだった。


「あらいらっしゃい! よかったわ、お祭りに参加して誰も来ないかと思ってた……さあ座って」


 本当に民家と変わらないなと思える席に座らされた。


「肉サンドで良いかしら? ウチに来るのは初めてよね? 小で良いかしら?」


「え? ああ、はい」


 俺は小で足りるのだろうかと思ったが、この前の揚げ油みたいな料理がでてきても困るので初回は小くらいで良いだろう。


 少し待っていると肉の焼ける匂いが漂ってきて、それに強い香りのソースをかけている様子が見えた。


「こういう料理は初めてかしら?」


「すいません……嗅いだことのない匂いなので」


 奥さんはフフフと笑ってそれから大きめのパンを二つに切って薄切り肉を何枚も放り込んでそれを皿に置いてから俺の前に皿を置いた。


「どうぞ、この店の名物よ」


 皿に大きなパンが乗っている。はて……?


「あの……俺は『小』を頼んだと思うんですが?」


 目の前には腹を満たすに十分な大きさのパンに挟まれた肉が置かれていた。俺の基準で言えば『小』というのは小さいものを指すのだとばかり思っていたのだが、この村では違うのか?


「そうそう! 旅人さんは新鮮な反応をしてくれて嬉しいわ! みんなこれを『大きい』って始めは言ってたのに今じゃすっかり慣れちゃって……そういう反応をされると嬉しいわね、ちなみに『大』はこれの三倍、『中』でこれの倍のパンを使うわ」


「多いとか思ったことないんですか?」


 失礼ながら料金まで考慮してこんなに大きいものを出したら割に合わない気がする。しかし店主のお姉さんは楽しそうに答えてくれた。


「昔ね……私の家は貧しかったの、お腹がいっぱいになるって凄く大事なんだよ」


「……」


「ごめんね!? そんな暗い話じゃないから! 父さんも母さんも家を私に押しつけてるだけだから! 別に死んじゃったりしてないから気にしないでね?」


 どうやら暗い話しにならないようで安心した。俺は話を聞いてから目の前の肉サンドにかぶりついた。味の薄めなパンに濃くソースで味付けされた肉から出てくるうまみが合わさって大変美味しい。


「フフフ、美味しそうで何よりだね!」


 もう何件か寄るつもりだったが、ここで出たものが多すぎて俺の肉祭りはこれで終了にしようと思った。


「ごちそうさまです」


「はい、ありがとね。祭りに参加したんでしょ? 割引利いて銅貨一枚ね」


「え!? そんなに安くて良いんですか?」


 肉をふんだんに使ったものにしては予想外に安かった。肉祭りの割引を考慮しても安いな。


 俺はポケットから銅貨をとりだして一枚渡す。ここは予想外に良い店だったな。


「よかったらまた寄ってね?」


「来れたら来ます」


「もう……それは来ない人が言うことでしょう?」


 二人して笑って俺は店から離れ宿に戻った。肉祭りは終わりこの村で肉が多い理由はよく分かった。一応宿は食事付で泊まっているけれどその日はもう十分に満たされていた。

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