第34話「村に牛が攻めてきた」

 その日、ギルドに行くと大騒動になっていた。忙しそうなシェールさんに何かあったのか聞いてみると意外な言葉が返ってきた。


「すいません! 今は緊急事態なので協力してください!」


「ええっと……大抵のことならなんとかしますけど、何があったんですか?」


 この大騒ぎは尋常ではない。普通にペットの捜索のような大したことではないのは明らかだ。しかし――この村に起きたことにしては騒ぎすぎのような気がする。


「実は……ある家庭で飼っていた牛が逃げてしまったそうで……」


 実にどうでもいい話だった。牛が逃げたからギルドを総動員するなど馬鹿げている。


「は、はぁ? 逃げたって言ってもこれだけの動員をしたら赤字のような気がするんですが妙に皆さん殺気立ってますね?」


 シェールさんは『何を言っているんだ』という顔で俺を見てくる。いや、実際クッソどうでもいいような案件のような気がするんだが。


「何を言ってるんですか? とんでもない事じゃないですか!」


「家畜が逃げただけでしょう? 逃がした人には気の毒ですけど諦めた方が安くないですか?」


 そこでシェールさんはポンと手を叩いて俺を見た。


「そうでした、クロノさんは旅人でしたね……」


「旅人だからって関係が変わるものなのですか?」


「ええ……この村の少し離れたところに牛の群れがいるんです……ああ、もちろん野生の個体ですよ?」


 よく分からない、牛が逃げて野性に還りましたというだけの話じゃないか。


「この村で飼っている牛なんですけどね……仲間意識が強いんですよ……」


 だからなんだというのか?


「そのせいで牛たちが仲間の解放に来るんですよね……」


「牛にそこまでの知能があると?」


「信じるかどうかは自由ですがね、逃げたのは昨日なので今日あたり群れを引き連れて解放に来るというのがギルドの計算結果です」


 マジか……名産品に襲われる村なんて冗談にもならないぞ。つーか牛が自由意志をもつなんて聞いたことも無い、牛の集団に襲われる村とか絵面としてシュールすぎる。


 正直町を見捨てるのが安全な正解策だと思っている。牛が襲いかかってくるというのが本当の話なのであればだが……


「今は誰でも良いから対処に当たって欲しいんです! お願いできませんか?」


 シェールさんの気持ちは分からないでもない。本当だとすれば死人が出かねない。コレを解決すればそこそこの報酬が約束されているようだ。参加報酬まで設定されているのだから偽の依頼ということもないだろう。


「牛ってそこまで危険なんですか?」


「飼ってた牛は大したことないんですが、引き連れてくる野生の牛がかなりの力をもってるんです」


 人間というのはつくづく因果な生き物だと思う。もしかしたら人間は前世でカルマを大量に積んだ人間が生まれ変わったのですらないのかと疑いたくなるほどだ。


『カンカンカン!』


 町で鐘が鳴る、時間を知らせるのではない、緊急を知らせる鐘だ。


「とにかく! クロノさんもこのクエストには参加してくださいよ!」


 やれやれ、巻き込まれ体質というのは面倒なものだ。もっとも、牛程度であれば勇者たちと狩っていた魔獣に比べれば赤子のようなものだ。


「方角はどっちですか?」


「村の南です! もうたくさん現地入りしている人がいるのでその人達が目印です!」


「了解! じゃあ行ってくる」


 俺は魔道士フル装備をストレージからとりだして身につける。魔道士らしい格好をするのも久しぶりだな……


 ギルドの外に出て高速移動のスキルを使う。


『クイック』


 周囲のものが止まって見える。その中を超スピードで目的地へ迷うこと無く走っていく。このスキルは魔力を消費するが、俺は何度も何度もあの勇者たちを助けるために時間干渉魔法を使ったので魔力の限界が鍛えられ続け、ほぼ無尽蔵と言って良い魔力を使えてしまう。


 村の南では人がたくさん揃っていた、二十人くらいだろうか? この村のギルドの規模を考えるなら十分な大人数だろう。


『リリース』


 スキルを解除して隣に構えていた人に話しかける。


「牛って強いのか?」


「へ!? どこから出てきたんだアンタ!?」


「細かいことは良いだろう? 敵の数と個体の強さを知りたいんだが」


 男は端的に状況を説明してくれた。野生の牛で解放軍に参加するのは十分の一くらい、野生の個体の方は全体で百匹程度だそうだ。


 要するに目算で十匹の牛がこの村に向かってくるということらしい。十分になんとかなりそうな数だ。


 しかし時間魔法を大っぴらに使いたくはないので出来れば平和に片付いて欲しいところだ。


「連中が来たぞ!」


 監視塔からかけ声と共に鐘が鳴る。人類対牛というあまり盛り上がらない戦闘の幕は切って落とされた。


 地平線の向こうに見えるのは牛の群れ。数えてみると十一匹、逃げた牛プラス群れからの賛同者で計算はピッタリ合っている。


「あんた、近接戦と狙撃係、どちらが希望だ?」


 俺は少し考えて「近接戦だな」と答えた。スキルのことが広まるのは面倒なので牛と村を含めて時間停止すれば牛くらい余裕で倒せる。


「なら村の入り口へ行ってくれ。絶対に通すなよ」


「任せておけ」


 俺は村の入り口に立って牛が近づいてくるのを待つ。狙撃係の活躍で二頭が村の前で倒れ伏した。俺は村に十分近づいたところでスキルを発動した。


『ストップ』


 先ほどのものより大規模なストップ、村全体をまとめて時の流れから切り離した。


「さて……恨みは無いが報酬のためだ、悪いな」


 ナイフを使って牛の首を掻き切っていく、さくりさくりと喉笛を切り裂いて、残っていた九匹は首に深い切り込みを入れられた。


「リリース」


 俺は村の入り口に戻って時間停止を解除した。途端に血が噴き出し牛の群れは絶命していった。


 当たりだが人が俺の方に集まってきて牛の死体の検分をしているようだ。


 その中の一人が俺に話しかけてきた。


「アンタが全部やったのか?」


「まさか! 俺は小銭欲しさに参加しただけだよ」


 多少訝しんでいたものの、脅威が去ったということで、参加した人全員でギルドに向かった。


「皆さんありがとうございます! おかげで村への被害はゼロでした!」


 シェールさんも嬉しそうに討伐報告書を読んでいる。


「はい、それでは皆さん、報酬の金貨十枚と牛肉になります。保存は利かないので自分で保存用に加工するか売っちゃってくださいね!」


 どうやら討伐した牛も報酬の一つらしい。幸い俺の時間停止とストレージを組み合わせれば半永久的に保存が可能だ。せっかくなので肉が高く売れるところまでとっておこう。


 こうして報酬は手に入った、そして翌日は露店でも料理屋でも『肉が美味い!』という看板を出している当たり商魂たくましいなと思った。

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