第33話「名物料理、油の油揚げ」
今日は観光をしようと決めていたので遅めにベッドから出てきた。あのじいさんがいた食堂の料理がおいしかったので大抵どこでもおいしいのではないかと踏んでいる。しかし先日の店はお世辞にも高級店とは思えなかった、それでもアレだけの味を出せたなら高級店はもっと美味しいのではないか、そう考えた。
村の中央通りを歩いていると、それなりに屋台が出ていることに気が付いた。やはり食文化のレベルが高いことを伺わせてくる。
露天をよく見てみると全体的に油を豊富に使用した料理が多いようだ。あまり健康的ではない料理が出てくるかも知れない。しかしそれは悪いことではない、美味しいものは大抵体に悪いものだ。
嬉しいことに肉料理がこの村ではメインのようだ。昔勉強したときに植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べることで命のサイクルが回っていると聞いた。つまり植物を食べている動物を食べれば実質植物を食べているのではないか?
勇者たちもいろいろあったが野菜を食べることを無理にしなくてもいいという見解は一致していた。
「旅人さんかい? 肉の串焼きはどうだい? この村に来たなら食べておいた方がいいよ!」
「じゃあ一本ください」
「はいよ! 銅貨五枚だよ!」
「これでお願いします」
俺は銀貨を一枚渡し銅貨五枚のお釣りをもらう。串焼き一本に対してはやや高いがそこは外部の者への特別価格だろう。人件費もあるし家庭で食べるより高く付くのはしょうがない。
「肉がこの村の名物なんですか?」
なんとなくそう聞いてみると店主は笑いながら答えた。
「そうだな、この村の辺りだと人が食べる野菜はあまり出来ないんでな、みんな肉を食べてるよ。牧草くらいならここいらでもなんとか育つからな」
確かにこの村には畑というものをロクに見なかったからな。そういう土地なのだろう。
周囲に草原が広がっていたのもそういう事情なのだろう。肉のたくさん入った食事は嫌いじゃない。
串焼きの肉塊を一つ囓りとると肉汁がポタポタと地面にしたたるほど溢れてきた。かみ応えのある赤身から大量のうまみが口に広がる。
「美味いですねコレ」
俺が正直な感想を述べると店主のおっさんはハハハと笑いつつ「伊達に名物になってないぜ」と言った。
「ごちそうさん、ここら辺で面白いメニューのある食堂とかってあります? 観光ついでに名物があるなら食べておきたいんですが」
その言葉に少し悩んだ表情をしてから重くなった口を開いた。
「そうさなあ……一応『ツギロー』っていう店が他じゃ出さない料理を出すが……あそこは初見にはキツいかもしれんな」
あるのか、名物の割には奥歯に物が挟まったような言い方だが一応あるなら行ってみるか。
「行ってみたいので何処にあるか教えてもらえますかね?」
「ここから村の北に向かって少し行けば分かるよ。『そういう』連中が並んでいるからな」
なるほど、行列の出来る店というわけか。それが目印なんだな。
「ありがとうございます、行ってみますね」
「ああ、食べるのは程々にしておくんだな」
「ん?」
「行けば分かる、行ってこい」
よく分からないが行けば一目で分かるということらしい、さぞ美味しいのだろう。
露天を離れて町を歩いていると鼻につく油の匂いが漂ってきた。これは……揚げ物か?
匂いに引き寄せられるままに進むと一軒の民家のような家があった。入り口の上に『ツギロー』と看板が出ていたのでここがその店なのだろう。しかし……しかしだ……
ふくよか……大きい……言い方はさておきその店に並んでいる客はもれなく横方向に太かった。
「おう兄ちゃん! ここは初めてかい?」
一人に話しかけられたので俺はとりあえず頷いた。
「そうかそうか! 初めては小さめから始めると良いぜ!」
よく分からないまま列に並ぶ。店はもう開いているようで列が進んでいくのだが、その速度が尋常ではなかった。店の中に一人入ってすぐに入れ替わりで誰かが出てくる。料理ってそんなに早く作れるものだっただろうか?
そのまま列に流され入店すると席について注文をとられる。
「新規さんね? アブラ小さめニンニクありで良いわね?」
「え!? は、はい!」
厨房のお姉さんに言われるがままの注文をしてしまった。アブラ小さめって一体どういう意味だ?
「はいお待ち!」
さっき注文したはずなのにもう出来上がって皿に載ったものが出てきた。平たい肉を揚げたもののように見える。揚げ物としては標準的なものに見えるが何か秘密でも……?
俺は考えてもしょうがないのでその衣の付いた揚げ物を囓った。瞬間口の中が製油工場のごとくアブラで満たされた。
囓った断面を見てみるとそこには『アブラ』が見えた。肉の赤身などまったく見えない完全な動物の脂肪の塊を揚げたものだった。
「どうだい? おいしいだろう?」
「そうですね」
俺は棒読みでそう答えてなんとかそのアブラを口の中に詰め込んで完食をした。
周囲からは「おー……」とか「あの旅人なかなかやるな」とかいう言葉が聞こえてきた。
俺は店を出てから脇道に入り大急ぎでストレージからレモンとコップを出した。
「ウォーター」
魔法で水をその中に生成してレモンをしぼり入れてから一気に飲んだ。柑橘の酸っぱさが多少口の中の油を流してくれた。
なんとか完食できたのだが、どうやらあそこにいた人たちは当たり前のようにアレを食べきっているらしい。
俺は油を油で揚げたものを食べるという理解しがたい料理に出会って、世の中にはまだまだ未知のものが溢れているのだと思い知った。
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