第32話「行方不明のご老人」
ギルドに顔を出してみると結構な騒ぎになっていた。シェールさんはあたふたしながら受付を回していた。
何かあったかと思ったらクエストの貼り紙が大きく掲示板に一枚貼られたものに皆が注目していた。
王都のように大勢がいるわけではないが小規模な村のギルドにしてはかなりの人数だ。俺もその依頼票を見てみると、書いてある内容は大したこともないものだった。
『ウルトさんの捜索』
言ってはなんだがよくある失踪人の捜索依頼だ。犯罪性は無いと書かれており、定期的にふらっとどこかに行ってしまうタイプの老人らしい。人海戦術で探すのは理にかなっているが、ここまで人数が必要なのだろうか?
「はい! 受け付けました! 次の方どうぞ」
基本人があまり来ないのだろうか? シェールさんは忙しそうにしていた。一体何が人を引きつけているのかと思って依頼票をよく見ると報酬欄に『金貨十枚、発見者以外に捜索に参加したもの全員に金貨一枚』と書かれていた、そりゃあ人も集まるはずだよ……
かくいう俺も迷わずその依頼を受けるため列に並んだ。十人くらい並んだ列でようやく俺の番が来た。
「さすがにクロノさんもこれは受けるんですね」
「無条件で金貨一枚はありがたいですから」
「ちゃんと探してくださいね?」
「分かってますよ。ところでどうしてこんな高報酬なんですか?」
おそらく何度も説明しているのだろう、当たり前のようにシェールさんは答えた。
「ウルトさんはこの村でもお金持ちの人なんですけどね……その……結構なお歳なので……」
なるほど、要するにお金持ちの徘徊老人の保護か、金があっても年には勝てないと言ったところだな。
「こちらが人相書きになります、参考にしてください」
俺はその紙を受け取った。なるほど歳を重ねていることを感じさせる似顔絵だ。
人相から懐具合はさすがに分からないが、みすぼらしいとは言いがたい顔だったので報酬の心配は無いのだろう。
「では、早めに見つけてくださいね」
こうして俺はクエストの概要を聞き、耄(もう)碌(ろく)したご老人の保護というなんでもないが、報酬だけは良いクエストを受注した。
ギルドを出て、真っ青な空を眺めながら気の向く方へ歩いて行く。あくまでも依頼を放棄していないことの証拠として探している風をするだけなので本気は出さない。時間遡行を使えばウルトさんという老人の失踪前まで時間を戻す事も出来るが、はっきり言ってそこまでするのは割に合わない。
さて、ご老人を探すとするか……
この手合いは案外遠くまで行くか、あるいは自宅内に隠れているかだ。しかし自宅内は探し終わっているだろう、ギルドに任せる前に自分で出来ることはやるのが普通だ。
村の外に出るのは監視があるので難しいはずだ。
人気のないところでも探すか……
サボっているところを見られないためにも人の目の無い場所の方が都合がいいな。
そんなわけで圧倒的に人が少ない裏通りに来た。貧民街というわけでもないが比較的貧しい人の多い区画だ。
「スラムと呼ぶには綺麗すぎるな……」
住んでいる人の心まで貧しくなったわけではないようでいいことだ。なんと小料理屋まであり、しかも割と綺麗だった。太陽も高くなってきたし、ここで食べてこの辺を夕方までぶらぶらしていればあの老人だっていい加減見つかっているだろう。
「いらっしゃい……」
綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。おのおの客が昼間から飲んでいる、俺が言えたことではないが太陽が高いうちから酒に溺れるのはどうかと思うぞ。
「何にするのかしら? お勧めは日替わり定食よ」
「じゃあそれで」
「迷わないのね……別にいいけど」
「お若いの、ここの酒はいいぞ? どれ……この人に一杯出してくれ。なに、勘定はワシが持つわい!」
ガハハと笑う客のじいさんに「今から飲むわけには……」と断ろうとしたところで気がついた。この人、どこかで見たことがあるような……あ!
ガタッと思わず立ち上がりそうになった。
「どうした? 新人、料理はもう少しかかるぞ。気長に待て」
「いや……みんなあなたを探してもご!」
「料理が待ち切れんか! そうかそうか! とりあえずこの魚の煮付けでも食うてるんじゃ」
どうやら都合が悪いらしい。二人して店の隅に移動してコソコソ話をする。
「何やってるんですかウルトさん……ギルドにまで依頼が出てるんですよ……」
「しょうがないじゃろ……うちの連中はここに行こうとすると止めるからの、お忍びのつもりだったんじゃが……」
この人は……人の迷惑も少しは考えてくれ。
「日替わり定食、お待たせ……それと、じいさんの奢りのエールね」
俺は目の前の料理をどうしたものかと考えているとウルトさんが肩を叩いた。
「とりあえず食おうではないか! なに……今日中に帰れば大事にはならんわい」
とことん気楽な人だった。
「正直に昼飯を食べてくるって言えばいいじゃないですか……お忍びなんてするから大騒ぎですよ?」
ウルトさんはそれに謝罪をした。
「すまんの……このあたりは治安の関係で皆いい顔をせんのじゃ」
俺は定食の焼き肉を食べながら一通り愚痴った。
「というかギルドにあるがまま報告していいんですかね? 報酬もいいので怒る人は少ないと思いますが……」
「それは困る! ワシの安息の場をバラすのはやめてくれ!」
俺はもう呆れて適当なストーリーをでっち上げる事にした。
そして昼食と少しの酒をウルトさんに奢ってもらってギルドに行った。
「はぁ……奥様のお墓に参っていたと?」
「そうです、年をとると思い出に浸りたくなるそうです」
「すまんのぅ……この年で女房の墓に参っていたというのが照れくさくての」
シェールさんは呆れ顔をしているものの、この依頼はきっちりクローズとなった。数人、墓に行っていた連中があの人はいなかったと主張したものの、証拠を出せるわけでもなく金貨一枚で納得してもらった。
「まだあそこには通う気ですか?」
ウルトさんの家まで送り届け別れ際にそう聞いた。
「少し控えるがの……今度は上手くやるわい!」
「そうですか、次は探しに行かないのでちゃんと自分で帰ったくださいね?」
「問題無いわい! ワシもそこまで耄碌しておらんわ!」
その信用がろくにおけない言葉でなんとも煮え切らないクエストは、無事俺に報酬が支払われて終了となったのだった。
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