第30話「行商人と商談」

 俺が草原を進んでいると、遠くの方に馬車の列らしきものが見えた。興味はあるが……


 俺の中で少しの手抜き心がわいてしまった。


『ストップ』


 上手く集団をまとめて止めることに成功したようなのでのんびり歩いて向かうことにした。どうせ記憶には残っていないのだし、相手が族の類いという可能性もあるし初手で足止めをするのは間違っていない。なので俺はまったく悪くない。


 範囲停止なので魔物対策も完璧だ、配慮が行き届いてるなあ!


 自画自賛もその辺にして、遠くの方に見える集団に近づいてくるとそれがどうやら商隊であるようなことがぼんやりと理解できてきた。進もうとしている方角から見るに国境越えを狙っているのかな?


 見えているのだからすぐだろうと思っていたが、実際には上がり始めた太陽がそろそろ真上に近づくころまでかかってしまった。すこし止めすぎたな……


 近寄って観察してみたが、どうやら偽装の盗賊や奴隷商といった関わりたくない連中ということもなさそうだ。


 停止を解除……する前に、いきなり目の前に出てきたら驚くだろうし、少し離れておくかな。


 ある程度距離をとってっと……


 俺はスキルを解除した。


 幸い商隊も太陽の位置など気にしていなかったようでそのまま行進を始めようとした。俺はそこで声をかけた。


「あのー……商人さん」


「!?」


 さすがに俺が気づかれずに接近したのには驚いたようだ。


「コホン……あなたは?」


「俺は旅人のクロノです。皆さんを商人と見込んで少しお話がしたいのですが」


「なにか商材をお持ちで?」


 はっきり何か言ってしまうと足元を見てきそうだな……ぼかしておこう。


「ええ、大変珍しい品が手に入ったので商談をさせていただけますか?」


 すこし商隊で話し合っていたようだが、俺の方を向いて客に向ける笑顔になった、プロだな……


「して、その品とは?」


 俺はストレージから竜の爪を取り出して見せる。途端に商人の目の色が変わった。


「鑑定スキル持ちを呼べ! 急げ!」


 突然呼び出された鑑定のスキル持ちがあくびをしながら出てきた。大丈夫かな? と思ったら商品を見て目の色を変えた。


「これは……まさか……でも……確かに……」


「おい! どうなんだ? これは本物か?」


 鑑定人はゆっくり口を開いた。


「ドラゴンの爪ですね。鑑定スキルをだませるほどの偽物を作ると本物より高く付くので偽物の可能性はほぼ無いかと」


 その言葉を聞いて商人は集合して話し合いを始めてしまった。


「……高く付きそうだぞ……やめといた方が……」


「でもここで買わないとずっと手に入らないかも……」


「……領主様へ献上すれば我々も……」


「いや……普通に売った方が……」


 何やら商人には商人なりの事情があるらしい。しばらく続いた話し合いに決着が付いたのか、代表が一人俺の所に来て言った。


「綺麗に取れていますしこの品なら金貨百枚で如何でしょうか?」


 悪くない。当面の資金にはなるし元手はタダみたいなものだからな。


「分かりました、その金額でお譲りしましょう」


 商隊全体が盛り上がった。あのサイズの爪でもそれなりに貴重らしい。


「代金を集めろ! 急げ!」


 皆大慌てで小分けになっていたお金をかき集めていた。


「ではこちらが代金になります」


「数えましょう」


 俺たちは双方が見ている場で金貨を数えた。


「九十九……百、はい、確かに百枚です、受け取りました」


「では爪の方を頂きます。しかし綺麗に剥ぎ取ったものですな、大抵戦闘できずものになるのにここまで状態のいいものはなかなか無いですよ」


「その辺は商売の秘密です」


 本当のことを言うと面倒なことになりそうだからな……


「深くは聞きますまい……それでは! よい旅を!」


「そちらも、商売の成功を祈っておきます」


「それでは取り引きありがとうございました」


「こちらこそ」


 こうして俺は金貨百枚を楽に手に入れたのだった。


「早く使えるとこに着かないかなー……」


 俺はそう独りごちたが、聞き耳を立てるものはもうすでに誰一人いなくなっていた。

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