第29話「竜の墓の前で泣く少女」

 ソレを見つけたのは数日間徒歩で草原を歩いて来たときだった。


「うぅ……ぐずっ」


 少女が道ばたで泣いていた。それは良い、いやよくはないんだが……その少女の前には石が積まれており、その前には花畑に咲くような花が置かれている。


 現実的な目線で見るならそれはどう見てもささやかなお墓だった。その前で少女が泣いているということはつまりそういうことだ。


『少女に近しいものが死んだ』


 残念だが人はいずれ死ぬ、それは避けようがないし、その世界の常識をねじ曲げると大抵ロクなことにならないものだ。申し訳ないがこの場は迂回して墓前を避けることにしよう。行き倒れか魔物に襲われたか、あるいは病か、なんにせよ関わるべきではない。


 俺は道の脇、草むらの中に入る。パキッと足元で枯れ枝が折れた。


「誰かいるんですか?」


 少女が振り向いた、まだかなりの距離があるはずなのに彼女の目は確かに俺をとらえていた。


 こつこつと歩いて来て気が付いた。この少女、尻尾がついている、人間ではない。


 人間への擬態が得意な連中か……関わりたくないな。


「お願いします! 見逃してください!」


 少女の口から出たのは予想外の命乞いだった。


「見逃してって……君はお尋ね者か何かなの?」


 俺の問いに「しまった!」という顔をする少女。さてはそんなに頭がよくないな。


「実は私はドラゴンなんです……母さんと飛んでいたら人間達に落とされて……私を逃がすために母さんが人間と戦って……」


 あー……聞くんじゃなかった……ここで無視したらどう見ても悪者じゃん。どうしようも無いといってさっさとここから離れるべきなのだろう。それが絶対に賢い選択なのだが……


「はぁーーーーー……」


「あの、どうかしたんですか?」


「今からしようとしていることがとても気が進まないことでね……行き倒れなら無視するけど人間としての責任があるからなあ……とにかくこれから見たことは人には言わないでね?」


「え? はぁ……」


 俺はそこにある粗末なお墓にスキルを発動した。


『リバース』


 墓から竜の遺骸が出てきて再生を始める。傷だらけだった体は硬い鱗に包まれ、素材として剥ぎ取られたのだろう爪や角が回復していき体中に付いていた血は体内に吸いこまれ、美しい白い鱗に包まれた傷一つない体に戻った。


『わ……私はいつからここに? 何があった?」


「お母さん!」


「なんだリンではないか、人間の姿になったりして何かあったのか?」


「え?」


 俺はリンと呼ばれている方の小竜に話す。


「時間遡行させた、これをやると記憶もその時間まで戻る、リンのお母さんは人間と争ったことも覚えてないよ」


「そうなんですか……凄いですね! あなたは高名な魔道士様なのですか?」


 俺は苦笑して答えた。


「ただのはぐれ冒険者だよ」


「何の話をしておる! 娘から離れろ人間!」


「とりあえず、お母さんに事情を説明してくれないかな? 俺の言葉は聞いてくれそうにない」


「は、はい!」



 リンは母ドラゴンにどういう目にあったのか、何故自分の記憶が飛んでいるのかなどについて説明していた。俺は話がまとまらない可能性に備えて『ストップ』をいつでも放てるように体内で魔力を溜めておいた。


「ふむ……そんなことが出来るとは信じがたいが……」


 おっと、敵対パターンかな?


「私は娘を信じようと思う。礼を言うぞヒトよ、助かった」


 なんとか信じてくれたようだ。俺は立ち去る前に忠告をしておく。


「たちの悪い人間もいるんでね、しばらく人から離れておくのをお勧めしますよ」


「人間ごときぜいじゃ……」


「お母さん! 一度死んでるんだよ! 無理しないで!」


「むぅ……しょうがないの……しばらく山脈の奥の里で暮らすとしよう」


 娘に甘いな! 一応人間から離れてくれるなら良いか。


「ではお達者で! 俺は旅の途中なのでもう行きますね」


「まあ待て、これを持って行け」


 そう言って手の爪をパキッと折って俺に差し出す。


「これを?」


「人間の価値観は分からんがドラゴンの爪は貴重なのじゃろう?」


 どうやらお礼ということらしい。


「ありがとうございます」


「うむ、路銀の足しにでもするとよいぞ。ではリン、ゆくぞ!」


「うん!」


 リンは母ドラゴンの背に乗りあっという間に飛び去っていった。あの親子がこの先も無事であるようにと、旅の神に俺は柄にもなく祈ったのだった。

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