翔の片思い

ありま氷炎

 見られてる。

 いつから、彼女は俺を見るようになったんだろう。


 俺ははっきりいってイケメンの部類に入らない。眉毛なんて手入したこともない。

 醜い部類じゃないが、もてるような顔はしてなかった。

 おかげで綺麗でイケメン好きな幼馴染は、俺が思い続けているのに告白するまで気づかれなかった。


 でも彼女はそんな俺を見ていた。


 彼女――幼馴染の友達。

 目は二重でちょっとだけ、きつそうに見える。鼻はすうっと通っていて、唇は少し薄めでいつもしっかり閉じられている。髪型も黒のストレート、後ろから前に流れるように、肩の上で切られていて、真面目な印象を与える女性だった。話してみると見た目通り真面目、だがきつい感じはなく優しい人だった。


 長い片想いに蹴りをつけようと、真戸香(まどか)に告白したのは半年前。そして彼女の視線に気がついた。

 告白して振られた事は、彼女には話さなかった。心配されて関係がぎくしゃくするのが嫌だったからだ。


 真戸香に玉砕してから、俺は変わった。何かすっきりした気持ちで、世界を見ることができた。だから彼女の視線に気がついたのだと思う。


 俺のことが好きなんだ。


 視線の意味がわかってから、俺は彼女の顔を見れなくなった。そして真戸香のことをますます見るようになってしまった。



             § § §




「それは好きってことね」


 クリスマスの一週間前、三人で飲むことになり、真戸香と俺が先に着いたのでビールを注文して待つことにした。俺の気持ちを話していると意地悪そうに幼馴染が笑った。


「馬鹿よねー。私ばっかり見てたら、勘違いされるのに」


 しかし真顔になるとあきれた様子でそうつぶやく。

 馬鹿ってなんだ。と怒りを覚えていると次に爆弾を落とされた。


「クリスマスは二人だけでね」

「二人だけ?」

「そう。二人だけ」


 狼狽している俺に真戸香が釘を刺すように囁く


「そうじゃないと勘違いされたままでしょ?でもクリスマスだからっていきなり襲うんじゃないわよ」


 そしてぱちんと俺のおでこを指で弾いた。


「いたっ!何するんだよ?!」


 予想外の攻撃に俺は頭にきて、睨みつける。


「怒らない、怒らない」


 しかし、幼馴染はクスクス笑うだけで、反省の色がない。なので仕返しに頬っぺたをつねった。


「痛い!何するのよ!」

「ふん。お相子だ」


 そうして俺と幼馴染は、つまりじゃれていたわけだが、まさかこの場面を彼女に見られ、大きな勘違いをされているとは想像もしていなかった。


『ごめん。今日はいけない。二人で楽しんで』


 その後すぐにそうメールが届く。


『遅くなってもいいから来れないか?』


 俺がそう返信しても返事が戻ってくることはなかった。


 俺だけじゃない。

 その日から、真戸香も彼女と連絡が取れなくなった。

 電話をしても、つながらない。

 着信拒否をされているようだった。

 俺は意味がわからず、もやもやした。

 しかし打つ手はなく、時間だけが過ぎ、クリスマスイブがやってきた。


 こんな日、残業する奴はいない。

 だけど、俺は遅くまで残った。家に一人で早帰りたくなかったし、友達と騒ぐ気にもならなかった。

 午後八時に携帯が鳴る。取るとそれは真戸香だった。


「翔(かける)?陽苑(ひその)、今日会社を早く退社したのに、誰とも約束してないみたいなの。どうしたのかな、心配だから見てきてくれない」


 そう言ってメールで送られてきた彼女の住所。

 俺は迷わず会社を出て、電車に飛び乗る。そして駅で降りて、彼女の家に向かった。


 二階建てのアパートはほとんどが真暗だった。彼女の部屋の前にいき、明かりを確認する。

 ドアのチャイムを鳴らす。

 反応はない。でも明かりがあるから、いるはずだった。


「陽苑!いるんだろう?」


 俺はドアを叩きながら叫ぶ。


「真戸香から聞いてる。今日は友達の誰とも飲んでない。家にいるんだろう?」


 かすかな音が中から聞こえ、彼女が答えた。


 「……真戸香もいるの?」


 なんで、真戸香のことなんて。


「いないよ。なんで?寒いから、早く入れて」


 冷たい風が吹き、俺はくしゃみをしながら懇願する。このままここにいたら凍えそうだった。なんでもいいから中にいれてほしかった。

 するとドアがゆっくりと開いた。

 俺は中にすばやく入り、ドアを閉めた。


「な、なんで?」


 彼女は頬をピンクに染めて俺を見上げる。いつもはきりっとしている目が潤んでいる気がするのは気のせいか。


「クリスマスなのに、一人で過ごしているって聞いて心配になって」

「心配?翔くんには関係ないでしょ」


 彼女はぶいと横を向いた。


「ああ、俺には関係ないよ。でもいきなり電話をとらなくなった理由を教えてくれよ。なんか突然シャットアウトされて、どうしていいかわからない」

「……わからないって。私、あなたが好きだったの。でも真戸香と付き合うと知って、自分が惨めで連絡をとりたくなかったの」

「俺が真戸香と付き合う?誰が言ったんだよ。そんなこと。だから。なんか一週間前からおかしくなったのか。俺と真戸香が連絡しても答えない。あげくに着信拒否。ありえねー」


 何をどう勘違いしたら俺と真戸香が付き合うんだ。

俺はなんだか頭にきて、彼女を見てしまう。すると彼女は泣きそうな顔をして俺を見つめ返した。


「だって、私、聞いたもの。二人がクリスマス、二人だけで過ごすって」

「あ?いつの話?」


 まったく覚えがなかった。


「あの一週間前の飲み会」


 すると彼女がぼそって答える。

 一週間前の飲み会。彼女がドタキャンしたやつだ。ドタキャンじゃなくて、彼女は来てたんだ。


「あの時、来てたんだ。でもどうやったらそんな勘違いが生まれるんだよ。俺と真戸香は普通に話していただけなのに」


 しかし彼女は半信半疑の表情をしていた。


「確かに俺は真戸香が好きだった。でもそれは終わった話だ。とうに告白して玉砕して終わってる」

「いつ?聞いてないよ!」


 彼女が大きく目を開き、非難する。


「話すわけないだろう。ぎくしゃくするのが嫌だったから」


 そう俺は関係を崩したくなかった。だから言わなかった。


「でも、ずっと真戸香のこと見てたよね」


 確かに。でもそれには理由がある。


「俺は、陽苑の顔を見るのが恥ずかしかったんだよ。だって、俺が振り返るとずっと俺のこと見てただろう。だからなんだか」


 そう言って俺は恥ずかしくなって、照れ隠しに髪をかきあげる。


「……見てたって。私が見てるの気が付いてたの?!」


 彼女は両手を顔に当てて、真っ赤になっていく。なんだか取れたてトマトのように可愛い。


「うん、気づいていた。だから」


 俺がそう言うと彼女はその場にへたり込んでしまった。


「ごめん。俺、気づいていたけど、言わなかった。誰かに好かれてることがこんなに嬉しいことだと思わなかった。でもそれは想っているほうが辛いんだよな。俺も片想いで苦しんだのに。ごめん」


 俺は彼女の視線に合わせるようにしゃがむ。


「俺はこんなやつだし、お前に好かれるような奴じゃないと思う。だけど、俺はいつの間にか、お前が好きになっていた」

「……」


 彼女は俺を見たまま動かなかった。


「さあ、立って。二人でクリスマスのお祝いしようぜ」


 俺は彼女に手を差し出す。すると恐る恐る、彼女がその手に掴んだ。


 すると聖歌がどこから聞こえてきて、クリスマスらしい雰囲気を作る。 ふとテーブルに目をやると、彼女が一人で食べていたんだろう、四分の一ほど消えたホールのケーキが置かれていた。その横にはお酒の瓶とコップが見えた。

 一人で祝ってたんだ。


「ごめん。遅くなって」


 目の前に立つ彼女が急に愛おしくなって、思わず抱きしめる。

 彼女の体は暖かく、冷えた俺の体を温めてくれた。


 片想い同士だった俺達はクリスマスのこの日、両想いになった。

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翔の片思い ありま氷炎 @arimahien

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