第2話 内気な僕、運命の再会を果たす



 耳慣れたスマホのアラーム音が夜明けの到来を知らせる。


 結局僕は一睡もできないまま朝を迎えた。


 まるで体中にむりやり泥を詰め込まれたような最悪の気分だった。


 僕はそのまま朝食もとらず、重い足取りで学校へと向かう。



 学校へと到着した僕はため息をつきながら2階の奥にある自分の教室へと向かう。


 どんよりとした気分のまま廊下を歩いていると、カスミと茶太郎が水飲み場の前で周囲の目も気にせずベタベタとイチャついている

場面に遭遇する。


 僕に気付いた茶太郎がニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。


 茶太郎はそっと僕に身を寄せると、耳元で囁く。


「サイコーだったぜ、カスミのカラダ。てか処女ごちそーさんwww」


 僕は唇を噛みしめ、黙って肩を震わせる。


 そんな僕に優越感に満ちた視線を向けると、茶太郎はさっとその身をひるがえす。


「行くぞ!カスミ」


 茶太郎が振り向き、あごをしゃくる。


「あぁ~ん、ちゃーくん待ってよぉ~」


 カスミは甘ったるい声を出しながら、その158センチ102キロのわがままボディを揺すって必死に茶太郎の後を追いかける。



「カスミ……、僕のカスミはもう茶太郎に……」


 僕はあまりの悔しさにその場から一歩も動けずに両のこぶしをきつく握りしめる。


 もし周りに誰もいなかったらたぶん僕は泣いていただろう。



 ☆☆☆☆☆☆



 朝の出来事もあり午前中の僕はひどく陰鬱な状態で過ごすこととなった。


 いつもは楽しいはずの日本史の授業もうわの空で教師の説明も全く頭に入ってこない。


 しかも朝の僕たちのやり取りは多くの生徒たちに目撃されていたようで、クラスメイトたちもこちらへと好奇の視線をチラチラと向けてくる。


 結局そんな状況に耐えられなくなった僕は、体調不良ということで昼食前に早退させてもらうことにしたのだった。


 一言で表現するなら僕の心はもうズタズタのボロボロだった。


 学校を出たものの、なんとなく家にすぐに帰りたくなかった僕は少し遠回りをして帰ることにする。


 僕はなんとなしに駅の北側にある公園へと足をのばすことにする。


 公園に到着しぼんやりと歩いていると、芝生の前のベンチの辺りにガラの悪い5~6人の高校生たちがたむろしていた。


 よく見るとみんな僕と同じ制服を着ている。


 どうやら同じ高校の生徒たちらしい。


 ベンチに足を組んでエラそうに座っているのは素行の悪いことで有名な上級生だった。


 190センチはあろうかという長身でまるでプロレスラーのようなゴツイ体つきをしている。


 中学時代は20もの中学を仕切っていた。


 ケンカでは負けなしの500戦無敗。


 100人相手にひとりで勝ったことがある。


 などなど真偽はわからないが数多くの武勇伝を持っていて、とにかく悪い噂には事欠かないヤツだ。


 リーダーであるその男の周りを取り囲むようにして仲間の生徒たちが下品な笑い声を響かせている。


 あまりの騒々しさに思わず眉をひそめていると集団の中のひとりがふとこちらに気が付く。


「おい、アイツ」


 他の仲間たちも僕へと視線を向ける。


「あのデブとつき合ってるヤツじゃねーか」


「えっフラれた、マジで?」


 不良集団は周囲の目も気にせずに大声を上げながら、僕への方へとゆっくり近づいてくる。


 気が付くとあっという間に僕はガラの悪い連中に取り囲まれていた。


「ていうがあんなのにフラれるってwww]


「オレなら自殺もんだぜwww」


「今日の朝も3人で水飲み場でゴチャゴチャやってたんだってよ」


 そいつらは気安い調子で僕の肩を叩きながら口々に囃し立てる。


 そんな状況が続く中、ベンチから立ち上がったリーダーのデカ男が大股でこちらへと向かって歩き出す。


 望ましくない展開に僕は思わず顔をしかめる。


 そしてついにデカ男が僕の前へと立ちはだかる。


 デカ男は面倒くさそうな様子でクチャクチャとガムを噛みながら、こちらを見下ろしている。

 

「ていうかお前ら3人、マジで頭おかしーんじゃねぇの」


 ガムを吐き出しながらデカ男があざ笑った。


 

 ――――その瞬間、僕の頭の中で激しい火花が散り何かが音を立ててはじけ飛ぶ。


 一瞬で間を詰めた僕はまず鍛え上げた手刀でデカ男のみぞおちを真っすぐに打ち抜く。


「グハァァッ」


 苦悶の悲鳴を上げながらデカ男が思わずその大きな体をかがめる。


 僕は両手でよろめいたデカ男の後頭部をロックしてそのまま真下へと勢い良く引きずり落とす。


「ゴフッ」


 苦悶の表情を浮かべたデカ男の顔面が僕の膝へとめりこむ。


 グシャリと潰れた鼻からは血が滝のように噴き出し、流れ出た血はダラダラと地面にしたたり落ちて行く。


「ああっ」


 情けない声で小さく悲鳴をもらし両目に涙を滲ませながらその場に崩れ落ちるデカ男。


 だが僕は決して攻撃の手を緩めはしない。

 

 僕は目の前でうずくまるデカ男の茶色い髪の毛をつかみ、無理やりその体を起こさせる。


 怯えた目を浮かべ両膝立ちのデカ男に対して僕は数歩ほど後方へと下がり距離を取る。


「た、たふけてっ」


 哀願の声を絞り出すデカ男に僕はゆっくりと微笑みを投げかける。


 安堵の表情がデカ男の顔をかすめる。


 次の瞬間、


 僕はデカ男の顔面を渾身の力をこめた前蹴りで真正面から一気にぶち抜いた。

 

 もはや悲鳴すら上げることもできずに、鼻血と折れた前歯を撒き散らしながらデカ男がはるか後方へと吹っ飛んでいく。


 ズシャァーッと滑るようにして地面へと倒れ込んだデカ男の体はピクリとも動かない。


 その股間は失禁のためかぐっしょりと濡れていた。


 

 一陣の風が吹き、砂ぼこりを舞い上げる……それはほんの束の間の出来事。


 僕の周りはまるでその時間を止めたように凍りついている。


 仲間の学生たちもあまりに突然の出来事に、身動きひとつ取れずに茫然とその場に突っ立っている。

 

 僕はさらに両手・両足の骨をへし折るために、横たわるデカ男へと向かいゆっくりとその歩みを進めて行く。



――――その瞬間、

 

「シンくん、ひょっとしてシンくんじゃない?」


 乾いた女性の声が凍り付いた空間を切り裂く。


 まるでその声を合図にしたかのように止まっていた時間が動き出す。


 カラスたちが騒ぎはじめ、動きを止めじっとこちらを窺っていたドラ猫が再びノソノソと歩き出す。



「う……うわぁぁぁぁぁぁぁっ」


 我に返った仲間の学生たちが悲鳴を上げながら、まるで蜘蛛の子を散らすようにあっという間にその場から逃げ去って行く。



――――僕の名前を呼ぶその先には、少し困ったような表情を浮かべながらたたずむふくよかな中年女性の姿があった。

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