第46話 プラトニック

 美依の部屋に入るなり、その広い部屋のどこかに、盗聴器や監視カメラが無いかと落ち着きない様子で探す那知。


「だから~、私の部屋は大丈夫なのっ! 心配しなくていいから~!」


 そんな那知の行動を笑いながら、ソファーに座らせようと腕を引く美依。


「そう言っているだけかも知れないだろ。なんとなく、美依の一族は怪しい」


 警戒し、聞き取れないくらいの小声で言った那知。


「失礼しちゃうわね~! 確かに何年か前に、監視カメラを見付けたけど。その時に、今度また、こういう事するなら、出て行く! って強く言ったから、もうしてないわよ~!」


「いや、信用できない」


 まだ小声を貫く那知。


「そうね~、もしも、盗聴器がしかけて有るとしたら、高性能と思うから、そんな小声でも拾っているかもね~!」


「だったら、筆談にしようか?」


「監視カメラにズーム機能付いていそう!」


 その状況を想定して楽しむ美依。


「いっそ、何も話さないのがよくね?」


「え~っ、そんなのつまんな~い! ねぇねぇ、私、聞きたかったの! どうして、那知、あのファミレスに泊まろうとしていたの?」


 好奇心旺盛に目を輝かせている美依。


「別に、ただの気分転換だよ......」


「ううん、何か有ったんでしょ? 土田君との三角関係で、ボッチに嫌われたとか?」


 那知の気持ちを勘違いしたまま受け止め、澪の気持ちも知っている美依が勝手に想像を進めていた。


「まあ、そんなとこかな~」


 いちいち説明する気にもなれない那知。


「ふ~ん、やっぱりね~! で、あの家には帰り難くなったんだ~? いっその事、私の家、沢山、空いている部屋有るから、ここに住み着いちゃう?」


「いや、遠慮しとく」


「え~っ、ど~して~? パパもママも、那知の事、すごく気に入ってそうなのに~! パパやママだけじゃなく、伯父様にまで気に入られていたわね~! スゴイ~、普段、あんな話しかけて来ない人なのに、伯父様って!」


 伯父の話題で、先刻の名前を聞かれた時の様子を思い出した那知。


「伯父さん、どんな仕事してるの?」


「パパの仕事じゃなくて、伯父さんの仕事~? もうっ、那知ったら、普通は先に、私のパパの仕事を聞くものでしょ?」


 少しねた言い方をした美依。


「そうかもな? じゃあ、美依のパパの仕事から教えて」


「私のパパはね~、建設業の社長で、伯父さんは、金融業の社長なの~! 那知が私と結婚したら、いわゆる逆玉ってやつ、将来はパパの会社の社長になれるのよ~! ど~お? 土田君よりずっと条件いいでしょ?」


「けど、僕は基本、女は苦手だから。結婚して社長になっても、跡継ぎが出来ないのは、困るだろ?」


 美依へは、ゲイである事を強調して伝える那知。


「それは......だんだん、那知の好みだって、変わる可能性も有るでしょ? それに、伯父様と伯母様にも、子供いないし。今時、子供のいない夫婦だって多いんだから!私は、そんな事なんて気にしないわよ~!」


 赤面しながら反論をする美依。


「伯父さん夫婦には、子供がいないんだ......?」


 ボソッと呟くように言った那知。


「また伯父さんの事~? あ~っ、もしかして、那知、土田君だけじゃなく、伯父様みたいな年上も、実は好みだとか言わないわよね?」


「まさか! それはないって!」


 疑いの眼差しを向けて来た美依に対し、爆笑し、思わず大声で否定した那知。


「そうなの~? まさか、ずっと土田君だけ一途に思い続けるって事なの~? 土田君が男には興味無くて、報われなくても?」


「多分、そうかもな~」


 まだ先刻の話からの笑いが収まらないまま、適当に返事した那知。


「ねぇ、那知って、今まで、女子は誰も好きになった事は無いの......?」


 笑っている那知に対し、真剣な口調で尋ねて来た美依。


「いや、何度か有ったよ。中学生時代は、何人かの女子と付き合っていたし。プラトニックな関係だけど......」


「えっ、それなら、私に可能性が全く無いわけではないのね~! えっ、キスとか? ゲイなのに、どこまでしたの?」


 急に声を張り上げて、那知に抱き着いて来た美依。


「だから、人の話よく聞けよ! プラトニックって言ってるだろ!」


 美依の身体を振り払った那知。


「プラトニックって......?」


「精神的な繋がりを重視して、つまり、肉体的な接触は無かったって事!」


「じゃあ、土田君にも、それを望むの......?」


 美依の言葉に、土田とのキスを思い出した那知。

 男子には興味無かったはずの土田が、那知が男子である事が分かった後も、あの衝動に駆られていた。

 土田だけではなく、那知自身も、その後、澪の誤解を解く為にキスを用いた。


 自分の望んでいるプラトニックという境界線は、一体どの辺りなのだろうか? と疑問に感じずにいられなかった那知。


「そういう事になるかな......」


「でも、大丈夫! そんな那知を私が変えさせてみせるから!」


「その根拠の無い自信、どこから湧いて来るんだ?」


「だって、これから那知はずっと、私といるんだもの! 長い時間かけて、那知の気持ちをこっちに向けさせるから!」


「はあ~?」


 呆れ果てたように言った那知だったが、美依の言葉の1つ1つを澪が自分に向けて発してくれていたなら、どんなにか救われたのにと思わずにいられなかった。


「だから、今日は、この部屋使ってね、那知!」


「美依の部屋じゃなくても、空いている部屋は沢山有るんだろ?」


「有るには有るけど......多分、ずっと使ってなくて掃除して無いから、埃だらけじゃないかな......」


 既に23時半を過ぎていて、この時間から掃除機をかけたりバタバタするのは、迷惑だと思えた那知。


「分かったよ~! このソファー借りるけど、美依はベッドでちゃんと寝るという約束な!」


「うん! 分かってる~! まずはプラトニックから始めるんだもんね~!」


 はしゃいでいる美依の様子から、以前ほど、美依に対する苦手意識が無くなっている事に気付かされた那知。

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