第41話 封じていたはずの想い

 街路灯が雪道を照らす中、土田の姿が見えなくなるまで見送った那知。

 しばらく寒い外で佇む事によって、先刻の予期せぬ土田からの告白とキスからの激しい動揺ぶりを少しずつ緩和させようとした。


 家に戻ってからも、まだ土田と接触した身体の部分に残された余韻と、心のざわつきから完全に解放されたわけでは無かったが、深呼吸してから覚悟を決め、澪の部屋をノックした那知。


 土田とのキスを目撃して平静さを失い、ドアを開けてくれない状態も想定していたが、既に泣き腫らした顔をした澪は、すんなりとドアを開け那知を通した。

 澪の部屋に入ると、那知はいつもそうしているように、ベッドに座る澪の隣に腰かけた。


「謝らないでね、那知......私、ずっと分かってたから!」


 まずは澪の不信を買うような状態になっていた事を謝ろうとしていた那知だったが、視線を背け、それを制し話し続けた澪。


「もう、私......何度......こんな想いばかり繰り返したら......報われるのかな? ......ううん......私の気持ちって......これから先......報われる事なんて......有るのかな? ......土田君は......私と一緒の時だって......那知の事ばかり......気にしてたし......土田君って......感情に正直だから......すぐ態度に出てしまうし......」


 泣きじゃっくりにずっと邪魔され、スムーズに話せない事が歯がゆい澪。

 そんな振動を繰り返す澪の背中に、何も言葉を発しないまま、そっと手を当てる那知。


「土田君の......そういう想いに......気付く度に......今だけだから......時間が解決してくれるって......ずっと、自分に言い聞かせて......見過ごそうとしてきた......でも......那知が男でも......土田君は構わない......って言うなら......もう、話は別だから!」


俯いていた澪が顔を上げて、瞼が赤くなり潤んだ瞳で那知をにらみつけた。


「澪......」


 何の躊躇ためらいも無く、ただ好きな人を「好き」と言える澪や、その感情を言動に移せる土田が羨ましく思える那知。


「那知だって......最初っから......土田君が好きだったけど......ずっと......私に遠慮して......自分の想いを......隠してたんだよね? ......そんな事しなくていいのに......そんな事される方が......よっぽど......惨めな気持ちになるんだから!」


 泣きじゃっくりに阻まれながらも強く言い切った時に、堪えていた涙が、澪の瞳から再び溢れ出した。


「違うんだよ、澪! 僕は、ツッチーの事は前も話した通りだから! 良い男友達としか思っていない! ごめん、ずっと澪に勘違いさせて!」


 涙腺が決壊したように涙が幾筋も頬を伝っている澪を目の当たりにし、謝らずにいられない那知。


「勘違いって......何? ......どこが? ......雪の中で倒れ込んで......キスしていたのに! ......そんな弁解なんて......必要無いからっ!」


 那知の弁明を受け入れようとせず、取り乱したままの澪。


「いつかは......私の想いに......応えてもらえるかも......って......望む事が出来るなら......私は今まで通り......土田君を想い続けようと......思ってたけど......あんなところ見せられたら......もう、一目瞭然だし! ......私の入り込む余地なんて......全く無いんだからっ!」


「あの時、美依を遠ざける為に丁度良いと思って、隣に座っていたツッチーを利用した。誤解させても仕方無い言動してた僕が、本当に悪かったんだ! 僕はノンケだって断っておいたし、ツッチーが、まさか勘違いしてしまうとかって思わなかったから......」


 そう必死に説明しつつも、澪の屈強な誤解を解くには、全く説得力が無い事を澪の表情から感じ取れた那知。


「もう......那知の言葉なんて......何も信じられないっ! ......私のせいで......本当の自分の気持ちを......隠しているとしか思えないっ!」


 せめて、耳を貸そうとしない澪の思い違いだけでも解きたい。

 それには、今だけ、自分の奥底に閉じ込めていた感情の封印を解くしかなかった那知。


「ベクトルの向きがかなり違うけど......僕が本心を隠しているのは、澪の言う通りだよ。ずっと隠し通すつもりでいたけど、そのせいで、澪に誤解されたままなのは、正直キツイから......」


 那知は、横に座って嗚咽している澪の両肩を抱き寄せ、先刻、土田が自分に触れた唇を澪と重ね合わせた。

 不意に口づけされ、澪は先刻の雪の中での那知と同様、信じられない表情で目を見張ったままになっていたが、次の瞬間には那知の身体を無理矢理突き放した。


「何なの......? どうして......?」


 自分が今まで勘繰っていた事とのギャップで頭が混乱する澪。

 

 一方、自分の言動により、今まで必死にバランスを保っていた事が崩れるのを感じ取る那知。


「那知にとっては......ごく日常茶飯事な......何でもない行為かも知れないけど......私にとっては大切な......ファーストキス.......だったのに!」


 落涙しながら激しい憤りを見せ、その那知の唇の感触を消そうとして、何度も手の甲で唇を擦った澪。


「僕にだって、キスなんて日常茶飯事でも何でもないわけでもないけど......せっかくだから、ツッチーとの間接ハグと間接キスって風に変換させられた方が、澪にとって無難かなって」


 澪の反応は那知の予想範疇ではあったが、その強い拒絶に思いのほか落胆した那知。

 それを見抜かれないよう、わざと澪の反感を買うような言動に出た。


「ふざけないでよ! ......そんなの......全然嬉しくないっ!」


 手の甲も唇も擦り切れそうなほど、泣きじゃっくりしながら擦り続ける澪。


「ずっと待っていても......そういう瞬間が......私に訪れなかったとしても......それでも......私は待ち続けたかったのに......こんな形で間接キスなんて......! こんなの......土田君とのキスなんて......思えるわけがないんだから! ......那知のバカ、大っ嫌いっ!」


 ベッドに並んでいたぬいぐるみを片っ端から、那知に向けて投げ付けた澪。

 自分の不器用さを痛感しながら、これ以上、澪の気持ちを逆撫でしないように、部屋から出た那知。

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