第42話 隠されてきた事実
那知が出て行き、しばらく経過すると、澪は少しずつ落ち着きを取り戻し、頬を濡らしていた幾筋もの涙も乾いてきた。
自分が投げ付けたせいで部屋に無造作に散らばっていたぬいぐるみをひとつずつ拾った。
ベッドに戻そうとしたが、そうすると、ぬいぐるみを見る度に、那知に投げ付けた経緯を思い出す事になりそうで避け、取り敢えず本棚の上にあるスペースに並べて置いた。
(私、今までずっと、土田君とのファーストキスのシチュエーションを夢見続けて来ていたのに......)
どんなに何度も手の甲で擦っても、先刻の那知の唇の温もりや触感が、その前に目にしていた那知と土田のキスシーンと共に蘇り、切なさで押し潰されそうになりながら、ベッドに平伏した澪。
(那知のバカっ! 何が、間接キスよ!)
以前のように、妄想の世界で土田とのキスをイメージしようとしても、現実に起きた那知とのキスのインパクトに押され、思い描く事も出来なくなる澪。
(土田君が、那知とキスしていたのは、紛れも無い事実。私にはショックが強過ぎたけど......だからって、同情のつもりなのか知らないけど、那知に、こんな事されても、那知の唇の感触が圧倒的に印象強過ぎて、土田君との間接キスとか間接ハグなんていう感覚は、私には
予期せぬ形で那知にファーストキスを奪われた衝撃が、追い払おうとしてもずっと頭を占領していた澪。
ふと、その前に那知が口にしていた、隠していた本心という言葉を思い出した。
(そういえば、あの時言っていた、那知の本心って......何なの? そんな......何を考えてるの、那知? 私達、姉弟なのに......土田君への想いを隠す為に、まさかの禁断の姉弟愛ネタを今度は使おうとしているの? 土田君は、大好きな那知の頼みなら喜んで、井上さんを振り払う為に、一役買ってくれたかも知れないけど......私は、那知の為に、そんな役回りなんて引き受ける事は出来ない! もう、本当にこういうのは、イヤなの!)
那知の気まぐれに振り回されている事への反抗と、土田を巡って強力なライバルとしての立ち位置にしか那知を見做せずにいる澪。
その夜遅く出かけて以来、那知は家に戻らなくなっていた。
普段から那知を邪険視している父は、特に心配する様子も無く、赴任先の宮城県に戻った。
「今日で3日もよ......こんなに那知が家を空けるのは、中2の時以来なんだけど、何か有ったんでしょう、澪?」
翌朝から気付きつつも、澪と違い、那知は男子であり、中学生時代から友達の家にたまに外泊する事が多いせいか、そこまで気にしてなかった母だったが、3日目になり、そろそろ心配する様子を見せ出した。
母と違い翌朝から那知の気配が無いのが、自分のせいと自覚していた。
それにより、那知の姿を見なくて済み、内心ホッとしていた澪は、わざとその事には気付かぬ素振りで過ごして来た。
「......」
那知の話題に触れたくなかった澪は、母からの質問をスルーし、自分の部屋に戻ろうとした。
「待って、澪! もしも、那知に何か有ったらと心配なのよ! 澪がいなくなったら、多分、その日から心配するけど、那知の事だから、数日経てば戻って来ると思っていたわ......それが、もう3日も経つのに、那知からは何の連絡も無いし、メールも返事来ないし、電話も出ないし、ラインも未読のままなんて、気になるでしょう?」
那知が3日も連絡を絶ったまま家を空けているのは初めてで、母がこれほど取り乱しているのも無理は無かった。
(お母さん......そうだよね、私はこの前の事情を知っているから、お互い気まずいし、那知がいないのは、むしろ助かるくらいけど......お母さんにしてみれば、すごく心配だよね......)
那知を気にかける母の親心をさすがに無視は出来ず、重い口を割った澪。
「私だって、ホントは、まだ頭の中がすごくパニくってるの......この前、土田君が夕食に来て帰る時に、外で那知とシフトの話していたのを覚えている? あの時、私が、土田君の手袋を忘れているのを見付けたから、外に出て手渡そうとしたら......土田君が雪の上で那知とキスしていたの! そんなところを見てしまって、ショックで、私......」
「えっ、あの後まさか、そんな事になっていたの? 那知と土田君が......」
母は驚きと同時に、土田を慕う澪へ同情の眼差しを向けた。
「でも......それだけじゃないの! 私、薄々、土田君がまだ那知の事を諦めていない事に気付いていたから......那知には、土田君と那知が両想いなら、もう私の出る幕なんて無いから、私が身を引くって言ったの。それなのに、那知にキスされて......それを私の中で、土田君との間接キスに変換させるといいって言われたから......もう、那知の気持ちが分からない!」
伝えているうちに、那知の唇の感触が脳裏に蘇り、赤面しながら動揺する澪を前に、神妙な面持ちになる母。
「そうだったの......あのね、澪にはずっと知らせずにいようと思っていたけど......このままだと、那知が辛過ぎるから、澪にも伝えておく事にするわ。落ち着いて聞いてね。実は、澪と那知は、血が繋がってないの」
今まで双子の姉弟と信じて疑わず生活していた那知と、今さら血縁が無いと知らされ、あまりの衝撃に気が動転する澪。
「えっ......血が繋がってないって......?」
「那知は、私の親友の子供なのよ。彼女の両親は交通事故で既に先立っていて、他に身寄りは無かったの。父親の名前とか明かしてくれなかったけど、不倫相手との子供を身籠ったから、彼女は、シングルマザーとして育てるつもりでいたわ......」
次々に発せられる、思いもよらなかった母の言葉に、澪の頭は混乱し続けた。
「お母さんの親友の子......那知が! それじゃあ、那知のお母さんは......?」
「彼女と私とは出産予定日も同じ頃で、同じ病院に通院していたから、1人で頑張っている彼女を応援していたの。私が澪を産んだ同じ日に、不幸なことに、彼女は出産時に出血過多で亡くなってしまった......」
「那知のお母さんが亡くなっていた......那知が生まれた時に......」
(ずっと双子の片割れと思っていた那知が、血縁が無いだけではなく、母親も身寄りもいない......)
母から初めて聞かされた那知の出生時の秘密に、愕然となった澪。
「お父さんは猛反対したけど、大切な親友の忘れ形見だから、私はお父さんの反対を押し切って、那知を養子として育てる事にしたのよ」
(だから、お父さんは、いつでも那知の事を煙ったく思っていて、あんな露骨なくらいに冷たくあしらっていたの......? お父さんがいつもそんな風に接して来て、那知は.......)
「もしかして、那知は知っていたの、そのこと......?」
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