第39話 2度目の晩餐 ⑵

 土田がすかさず那知を弁護した事で、父は不服そうな表情に変わった。


 (あんなに褒めまくっていた土田君に反論されて、お父さんも気に障っている感じで、何だか不穏な雰囲気......)


「いいや、土田君が、那知の事をそう言って庇ってくれているのは、有難いが......那知に関しては同感出来んな。まあ中には、顔しか取り柄の無いような軟弱男子でも好む物好きな女もいるだろうから、あいつは、そういう女を踏み台にしながら、したたかに世渡りする気しかしない」


 そう言った父に対し、土田の今までの愛想良く取り繕っていた顔が、敵意を剥き出しにするように変化したのを澪は見逃さなかった。


「お父さんったら、さっきから言い過ぎだって~!もう、お酒それくらいでおしまいにしてね!」


 父のテーブルの前に置いてあったビールの空き缶4缶を見て、半分ほど飲みかけだった日本酒の4合瓶を戸棚に隠した澪。


「まあ今日は来客もいる事だし、文句はこの程度までにして我慢しておこうか!もう、お酒も無いし、すっかり眠くなってきた。したっけ、風呂入って寝るから。土田君は、まだゆっくりしてな」


 お気に入りの澪の剣幕に、言い過ぎた事を自覚し、タジタジしながら浴室に向かう父。


「あっ、はい、そうします!ありがとうございます」


 浴室へと千鳥足で去って行った父の後ろ姿にお辞儀した土田。


(良かった~。土田君の表情がさっきに比べて随分と和らいだみたいで......)


 土田と今にも衝突しそうな勢いだった父が、居間からいなくなり、やっと安心した澪。


「土田君、酔っぱらったお父さんの相手をずっとしてもらって、ごめんなさいね。お疲れ様でした~!さあ、果物切ったから、食べましょう!」


 母と那知で櫛切りにしたラ・フランスとリンゴをテーブルに運んだ。


「園内もやっぱり、家にいても、バイトの時みたいに食べ物とか運んだり、片付けたり、体が自然に動いてしまうんだな」


 バイトのように、お皿をいくつも片手に重ねて持つ那知の様子を見入っている土田。


(お父さんがいなくなった途端、土田君の視線は、那知にばかり向かってしまう......)


 土田に気付かれない範囲内で注視している澪は、否が応でも、土田の視線の先に那知がいる事に気付かされてしまっていた。


「澪が手伝おうとすると、物が片寄ったり、落としたりして、結局やる事が増えてしまうから、給仕係は僕の役目になる事が多い」


 土田の前で那知に失態ぶりを暴露され、ふくれっ面になる澪。


「そんなの慣れなんだから!別に、私だって、やろうと思えば出来る!」


 そう言って、那知から皿を無理矢理奪い取ると、その弾みで、皿に盛られていた櫛切りのラ・フランスが1つ床に転がった。


「3秒ルール」


 澪が落としたラ・フランスを他の皿を持った状態のまま早業で拾い、サッと口に入れた那知。


「あはは、2人を見ていると面白いな~!」


 土田の笑い声に、澪と那知も声を合わせて笑った。


「私達も、土田君が来てくれると楽しいわ~!冬休みはまだ長いから、またバイト休みの時にでも、是非いつでも遊びに来てね!」


 母に話しかけられると、父の時ほどではないが、恐縮している土田。


「ありがとうございます、また是非お伺いしたいです!」


 フルーツも食べ終え、土田が帰ろうとした時点で、父は既に高いびきで寝ていたが、澪と那知と母が玄関まで土田を見送ろうとした。


「あっ、園内、ちょっといいかな?シフトの事で話が有るから、外で......」


「いいよ~。けど、外なら上着を着るから待ってて」


 土田を玄関先で待たせ、上着を着てから外に出た那知。

 澪と母は居間に戻り、食事の片付けをした。


「ツッチー、話って何?デートしたいから、僕にシフト交代して欲しいとかって話?」

 

 澪とのデートの日程調整の件かと思い、冷やかすように尋ねた那知。


「シフトの事というのはただの口実で、今度、初詣に一緒に行けたらと思って......」


 躊躇いながら話し出した土田。


「澪は、年始の予定、全く何も入ってないから、いつでも誘って大丈夫だよ~」


 土田は、薄っすら新雪のかかった場所をウロウロ歩き、那知は、入口の屋根から、手の届く位置まで、氷柱つららが伸びて来ているのをポキッと折って剣のようにしていたが、素手のままで、手が冷たくなり雪に下ろした。


「違うんだ!」


 土田が大声で否定した事で驚きつつも、土田が歩いている位置辺りは新雪に覆われているが、その新雪の下の部分は、ブラックアイスバーン状態になっていた事を思い出した那知。


「あっ、ツッチー、そこ滑りやすいから気を付けて!」


 ......那知が言い切らないうちに、土田が足を滑らせ、それを助けようとした那知が手を土田に差し出した。

 土田が慌てた拍子に那知の手首を掴んだまま転び、その反動で土田の身体の上に重なるように倒れた那知。


「大丈夫?僕が助けれたらと思ったけど、お父さんの言う通り、やっぱり筋力が足りないんだよな~」


 即座に起き上がろうとする那知に対し、雪の上に寝たままの土田は、先刻、父に冷遇視されていた那知を思い出していた。


「ツッチー、どうした?まさか、僕まで転んだせいで背中痛めた?身体が冷たくなるから早く起きないと」


 土田の身体を起こそうとしている那知の手首を不意にガッシリと握り離さない土田。


「ツッチー......?」


 いつもと違う何か思い詰めた様子の土田の様子に気付いた那知。


「......僕は、澪ちゃんとじゃなくて、園内と行きたいんだ!」


 驚いて目を見張っている那知を自分の方に引き寄せ、唇を合わせた土田。

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