第22話 流れを食い止めようと ⑶

(えっ、ちょっと、那知、どうするつもり......?まさか、土田君に......?)


 今にも降り出しそうな雨雲が接近している事も頭から消え去り、ハラハラしながら那知と土田を見守っている澪。

 

「あんな風に言ってくれていたのに、ツッチーの気持ちなんて、所詮、その程度って事だよね~?」


 わざと女装用の声色で、土田に気付かせるように、告白の件も匂わせた那知。

 それまでとは違う声音になってツッチーと呼ばれ、やっと耳を疑うようにハッとなりながら、那知の方を凝視した土田。


「まさか......君が、なっちゃんなのか?」


 そう認めたくない気持ちが、土田の声に混じっているのを敏感に感じ取った澪。


「そう、そのまさかだけど......ほら、雨降り出した!澪、乗って!」


 それまでは反抗していたが、勢いよく雨が降り出してからは、大人しく那知に従い、リュックをカゴに入れた澪。

 呆気に取られている土田達にその場に残し、澪が自転車の後部に乗ると、機敏に走らせた那知。


「土田、まさかと思うけど、さっきのイケメン男子って、なっちゃんだったのか......?」


 今しがたの2人の会話の内容が信じられない友人達。


「そうだったんだ......」


 降りしきる雨に濡れながら、まだ呆然と立ち尽くしている土田と驚き続ける友人達。


「あんなめっちゃ可愛い子が男子だったとは......そんな事有って、いいのかよ!」


「マジで信じられね!」


 友人達の驚嘆の10倍くらいは驚かされた気持ちの土田。

 瞬く間に去って行く自転車を目で追いながら、自分の行き場の無い気持ちに気付かされた。


 那知の後ろで自転車に揺られながら、頬を伝うのが雨なのか、自分の涙なのか分からないまま、冷たさだけ感じられる澪。


(那知があんな事を言ったりしたから......土田君、那知が男だってやっと気付いて.....すごく驚いて戸惑っていた......これで、那知という、私のライバルはいなくなった......それは、多分すごく喜ぶべき事のはずなのに、どうしたんだろう、私......どうして、こんなに涙が出て来るんだろう......?)


 打たれ続ける雨の中、土田達の姿が小さく霞んで行くのを、何度かその方向に顔を向けて確認した。


(那知は、このまま女装を続けて、バイトだって続けたかったはずなのに、こんな風に土田君達の前で、カミングアウトしてしまって......那知はいつでも、私に協力してくれてた。さっきだって、那知は自分の立場を顧みずに、私の為に隠しておきたかった事まで暴露してしまった......私のせいで......何だかおかしい、私......昨日は、土田君を振り向かせる事が出来なくて、ショックで哀しくて泣いていた......自分だけが悲劇のヒロイン気取りでいて、今朝、お母さんに言われるまで、土田君の気持ちも那知の気持ちも考えようともしなかったけど......今は、那知の事......そして、女子だと信じ切って、想いを寄せていた土田君も痛いほど伝わって来て、何だかすごく哀し過ぎる......)


 怒涛のように溢れる涙が、雨と混じって、まるで昇華されているような気持ちにさせられるのだけが救いだった。


「昨日は、マジで厄介な事になってしまってゴメン、澪」


 信号待ちの間、自転車を止めた那知は、泣いている澪の方を一瞬見て言った。


(那知が先に謝らないで欲しかった......こんな風に言われると、余計に涙が止まらなくなってしまう.....)


「ううん......別に......那知が......悪いわけじゃ......ないから......私こそ......大っ嫌い......とか言って......ゴメン......」


 泣きじゃっくりに邪魔されながら、何とか謝った澪。


「うん」


 今の那知が欲していた言葉が澪によって発せられ、雨に向かって顔を上げた那知の頬にもまた温かいものが伝っていった。

 降りしきる雨の中、まだ遠い家路までの距離を、背中にだけ澪の温かみを感じながら自転車を進めた。

 土田に同情し泣きじゃくる澪の原因を作ったのは自分だった罪悪感が、澪の言葉によって少しは薄らいだものの、澪の笑顔を見るまでは、今後も出来る限りの協力を惜しまない覚悟でいる那知。

 先刻、土田にカミングアウトし、土田の眼中から自分は消えた。

 後は、土田が澪に惹かれるように、自分が仕向けて行かねばという強い気持ちを確認しながら、2人乗り自転車のペダルを力の限り踏み続けていた。 

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