第21話 流れを食い止めようと ⑵

 けたたましく騒いでいる井上達のグループから、ふと窓の方に視線を移した澪。

 ついいつもの癖で、何の気無しに見たつもりだったが、窓から見えるのが、季節外れの大きな積乱雲だった事に気付き、その雲の形状にしばらく見入った。


(こんな季節なのに入道雲なんて珍しい......まだ晴れているけど、この後は天気が急変しそう......)


 それまで沈んでいた澪が、空を見上げて、無意識のうちにそんな事を思えて来た自分に苦笑いした。


(それまでは、つまづかないように足元ばかり見て、空なんて見上げる事の無かった私が、土田君を好きになって、同じ感覚を共有出来たらと思っているうちに、いつの間にか、こんな風に空を見られるようになってた。ぽっちゃり体形のせいか、姿勢が悪くて猫背気味だったのに、顔を上げて姿勢良く歩けるようになってた。色んな雲が伝えるメッセージをもっと受け止められたら......なんて思うようになってた......それは、全部、土田君、【クモノスケ】のおかげ。例え土田君が、那知の事を好きだったとしても、私がこうして、土田君を想って近付こうとしている間に得た感覚や知識は、決して誰にも奪われる事の無い、私だけの大切な宝物なの!それこそが、今の私のプライドなのかも知れない!だから、私は、これからも、大切にしてゆこう、この感覚だけは!)


 隣のクラスの土田も、もしかすると窓から眺めているかも知れないこの空によって、澪は自分を取り戻せた気がした。

 時間が倍増したように苦痛に感じていたが、やっと下校時になり、外の空気を思いっきり吸って安堵した澪。


(昨日は、私にとって最悪過ぎたから、これからはしばらくの間、波風立たないようなノンビリした時間を過ごしたいな......)


 ふと空を見上げると、澪の予想通り、窓から見ていた積乱雲が暗雲となり、頭上高くにまで迫っている事に気付いた。


(晴れ予報だったから、傘は持参してなかったけど、恐るべし入道雲!土田君も昼休みの時から入道雲に気付いてたら、きっと今、私と同じような気持ちで、空見上げて歩いているんだろうな......)


そんな事を考えるだけで1人ホッコリ気分になる澪。

 昨日の今日なだけに心の疲れが抜けきらず、出来るなら1人ゆっくりと歩きたい心境だったが、そうもしていられず、雨に見舞われないよう歩調を早めた澪。

 その速足で、悠長に友人達と話しながらダラダラと歩いている同じ高校の生徒達を何組も追い越した。

 しばらく早歩きを続けていると、土田と友人達が前方に見えてきた。 

 このままのペースで歩き続け、土田達を追い抜かないよう、慌てて歩調を緩めた澪。


 (こんな時に限って、土田君......!どうしよう......?追い越さずに、ずっとゆっくり歩くべきだよね?もう少し時間が経ってからならまだしも、土田君だってきっと、今はまだ、私に会いたくないはずだし......気マズイよね、追い越すのは.....でも、こんなに雨雲が近付いているから、出来れば濡れたくないし......)


「澪、もうじき雨降るから、乗って来なよ」


 土田達を追い越そうかどうか迷いながら尻込みしていると、背後から自転車で近付いて来た那知。


(那知......噓みたい!今、一番、この状況で会いたくなかったのに!よりによって、しばらく会いたくなかった2人に、こんな挟み撃ちって......もう、どうしていいか分からなくてイヤなんだけど......)


「私、歩いて帰るから放っておいて!」


 まだ那知に対してわだかまりが強く残っていた澪は、冷たく言い放った。

 すぐ前方を歩いていた土田と友人達に、澪と那知のやり取りが耳に入り、一斉に振り返ってきた。


「意地張るなよ、澪!荷物も重そうだし」


 那知が澪のリュックに手を伸ばそうとした。


「止めてよ、そんな事、頼んでもいないのに!大丈夫だから、先に行って!」


 澪がきつい調子で言うと、土田の友人達が冷やかす。


「あ~あ、フラれちゃってる~!」


「こんなイケメンでも、相手にされないとはね~!」


 土田の友人達を睨みつけた那知。


「あっ、従弟さんですね......昨日、僕が見切り発車したせいで、多分、園内さんも気分を害しているようだから......」


 澪が傷付いている理由は気付けないまま、母の言葉を思い出し、那知とも知らず、澪の従兄のつもりで説明した土田。


(あんな事が有った後なのに、土田君、優しい......)


 そんな土田の対応に、しんみりしながらも、ふと目に入った那知の表情に、また無謀そうな空気を察知し、急に不安が込み上げて来る澪。


(なんか、那知、またとんでもない悪巧わるだくみを考えていそうな雰囲気なんだけど......今はまだ傷付いている土田君を刺激するのは止めて欲しいのに......)


「ふ~ん、こんな近付いても、気付かないんだ~?」


「えっ......?」


 土田を見ながら挑発的に言った那知の言葉を受けて、改めて那知の方を見た土田。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る