第17話 初めての晩餐 ⑴

 Twitter上での大接近を果たした澪は、しばらくその余韻に浸っていたい気持ちだったが、それどころではない事態になっていた。


 高校から直帰後の澪は、勉強ではなく、いつになくエプロン姿で大忙し。

 慣れない様子で母の夕食の用意の手伝いをしている。


 というのも、澪に協力しているつもりの那知が、バイト先で土田に澪の事を盛って話し、料理が得意と言ったからだ。

 当然の如く、土田が是非、今度食したいという流れになり、早速その日取りを直近で決めてきたのだった。


 (土田君が、また家に来てくれるのは、嬉しいんだけど、料理が得意というわけではない私が、かなりムリして頑張る羽目になるのと、宿題する時間も無くなるのは困るな.....嗚呼ああ、でもやっぱり、そんな面倒事なんかよりも、土田君が来てくれるメリットの方が断然大きいんだから、頑張ろうっ!)


 献立は、那知と相談し、男子ウケの良さそうな料理にしようとした。

 唐揚げ、肉じゃが、だし巻き卵、豚汁に決めたものの、普段、お弁当も母親に任せっきりの澪にとっては、どれも至難の業だった。

 まず、肉を切る時に、肉を手触りするのも躊躇われる有様。


 (鶏モモ肉って、包丁入れにくい......筋だらけだし、血も所々有るし、皮は鳥肌そのもので、気持ち悪いし......)


 つい指で押してプニプニと感触を楽しむ澪。


「澪、鶏肉に時間そんなかけないで、次、豚肉もよろしくね~!」


 隣で手際良く調理を進めている母。


 (お母さんが今日、早めに帰ってくれるシフトで良かった~!こんなに何品目も、私1人でこなす事なんて到底無理だから!)


「あと1時間無いって、キツイわ~、那知も呼んで!」


 母親に言われて、自分の手柄にしたかったところ、それが叶わなそうに思いながら渋々、那知を呼ぶ澪。


「料理の手伝い?女装がもう出来てたからいいよ」


 那知もエプロンを付けると、そのエプロン姿が、自分より映えているのに嫉妬を覚える澪。


「やっぱり、那知は、エプロン姿も可愛いね~」


 最近は、母も那知の女装姿を、元から娘がもう1人いるかのように、よく褒めるになった。

 トランスジェンダーの那知への母からの気遣いなのだろう。


 (私のエプロン姿は、褒めなかったのに!確かに、那知の方が似合っているかも知れないけど......)


「ありがとう、お母さん♪」


「分かっていると思うけど、土田君が来たら、那知はエプロン外してね!もちろん料理も、那知は作ってない事にして!」


 母親が、那知を贔屓ひいきしているように思え、このままでは、土田も、那知に視線を奪われそうで、何とか自分に有利な方へと導きたい気持ちが強くなる澪。


「いいけど、どうして?」


「だって、ポイントを稼ぎたいもん!大体、那知が、私の事を料理上手なんて無理にヨイショしたから、こんな事になったんだから!」


 当然のように言い切った澪。


「そっか。でも、ツッチーが来て、一緒に夕食するのは、歓迎でしょ?」


「それは嬉しいけど......」


 料理が得意という無理難題を押し付けられて荷が重く、食卓で土田を前にして、どんな風に接していいのやら、唐突過ぎて想像が出来ない澪。


「は~い、質問で~す!」


 肉じゃがを作っている途中で、母が挙手した。


「どうぞ~!」


 母親の言い方に合わせた調子の那知。


「那知のバイト先の男の子が来るのよね~?で、話の流れからすると、澪が好きな男の子かな?」


 前もって、その辺を母にも知らせて、協力体制を強化させようとする澪。


「そうだけど......余計な茶々は絶対に入れないでね、お母さん!」


「大丈夫よ~!こう見えても、口は堅いから!で、那知は、バイト先で女装だから、私は2人の娘持ちって設定なのね?」


「そう、そこは絶対に守ってくれないと、バイト行けなくなる~!」


 いつも、やんわり口調の那知が、珍しくそこだけは強調した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る