第3話 カミングアウト

「カミングアウト......?」


 全く初耳の内容で、キョトンとしている澪。


「またクモノスケの事ばっかで、僕の話は上の空だったんだ~」


 冷やかすように言って来た那知。


「だから、ゴメンって。あの日から、土田君が学校休んでたから、気になって......それより、カミングアウトって、何? 女装趣味が有るとかって事なの? 那知、小さい時からたまに、私の新しいワンピースとか着たがってたから、もしかしてと思っていたけど......」


 実際、女の子らしい服装は、那知の方が小さい頃から似合っていたのを認識していて、そう言われても納得の行く澪。


「それも有るけど、もしかしたらトランスジェンダーみたいなんだよね~」


 呆気らかんとした言い方の那知に対し、聞き慣れない言葉で、頭を悩ませる澪。

 自分の興味有りそうな分野だと思わず前のめりで聞き入るが、よく分からない横文字を並べられて、意味不明な話をしていたというなら、夕食時間中にスルーしていた自分を責められても仕方無いと自己弁護に出たくなった。


「もっと分かりやすく言ってよ~、那知。女装趣味なだけじゃなくて、もしかして......ゲイって事?」


 自分の身内に、性的マイノリティが存在し、その事にずっと気付けずにいた事に驚きを隠せない澪。


「男限定ってわけではなくて、女の子も好きだけど......」


 交際経験が皆無な澪と違い、那知は幼稚園時代からモテ期がずっと続いていた。

 中学時代は、学校でも目立つ可愛い女子達の何人かと付き合っていたのも、澪は知っていた。


「そうでしょうね~、女の子達と付き合っていた頃の様子からは、とてもカムフラージュには見えなかったし。それなら、バイって事?」


 言葉の上では知ってはいるが、周囲にはそんな前例など無く、那知がそうだったと、唐突に言われても事態は呑み込めそうにない澪。

 澪が知っている範囲で、那知への告白は、相手の女子からばかりだった。

 那知は二股する事も無かったわりに、なぜか、いつの間にか自然消滅的に交際が終わっている事が多かったのは、その厄介そうな個性が、相手にバレてしまったからなのかも知れないと勘繰った。


「そう。僕が女装好きのバイセクシャルと知って、澪は引く?」


 クッキリ二重の美しい目線を澪に向けた那知。

 化粧顔のせいか、那知が自分よりずっと色気が有る事が癪に障った澪。


「別に。どんなだって、那知は那知だし~。まあ、那知が付き合って来たような、自分に自信有り気な可愛い系の女子達は、自分が男子に負けるのって、プライドが許さないかも知れないけど......」


 思いがけない告白に驚きはしたが、姉として弟を傷付つける事は望まず、例えマイノリティな個性でも尊重しようとした。

 澪の返答は那知の望み通りで、嬉しくて澪の背中に抱き付いた那知。


「そうやって僕の欲しい言葉をくれるから、大好きだよ~、澪!」


「その姿で、後ろから抱き付かれると、知らない第三者の女子から、そうされているような感じで、怖いから止めて~!」


 ......と那知の手を振り払いかけて気付いた澪。


 (あれっ......でも、もしかしたら、これって、使えそうかも!)


 澪には、恋人も女友達もいないが、幸い、身近には男にも女にもなれる那知がいるのだから、何らかの時に協力してもらえる心強い存在に思えて来た。


「私の服で良かったら、貸してあげるし、お母さんや、お父さんが反対しても、私が味方してあげる! その代わり那知は、私の必要な時に必要な姿になって、一緒に行動してね~! 約束だよ~!」


 お一人様生活が板に付きつつある澪にとって、男の姿でも女の姿でも美形である事には間違いない那知は、とても好都合な人材に感じられた。


「了解、これで商談成立!」


 自分にとってデメリットが無い事に気付いた澪は、まずは母親に対し、那知の個性を尊重するよう働きかける事にした。

 那知も身近なところで協力者を得て、ホッとした様子。

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