第8話 極秘指令2


「彼らに極秘指令ですか?」

 藤堂がそう尋ねた。

「指示内容は、広くライバル店の情報収集をしてほしい、ニコニコドーとランニングの動向を中心に、相手を特定しないように、と言いつけました。報告はその都度私に、ただし内容は精査する必要はないってことで」

 おや、という顔をしたのは岩根である。精査しない情報は不確かな情報だということでもある。


「ここから先はオフリミットの話。まだ推定でしかない話だから、外には漏らさないように」

 そういって広げたのは、ランニングとニコニコドーの過去のチラシをプリントアウトしたものだった。そして最新のものはまだファイリングされていない。

「今日、他社の今週のチラシを手に入れてきたの」

 印刷されたばかりの今週のチラシだった。

「ちょ、お前」

「大丈夫、これ、色見本用に印刷したものでしかもミスプリだから」

 よく見るとそれはコピー用紙に印刷されているもので、裏側は真っ白である。

「ここ、この洗剤の売価と数量、今週のウチの特売と同じなのよね。数量も」

 一方、タブレットで示されたのが、トップリードの過去数回分の特売チラシである。

「そういったことが、重なっているの。チラシの情報が洩れている可能性がある」

「ん?」

「特売商品が重なるのは仕方ない。でも、限定品がバッティングすることなんてめったにないと思わない? 定番商品の数量限定の特売情報が重なるのはおかしいと思わない?」


 トップリードでは、定番の洗剤やトイレットペーパーなどを中心に月に一度から二度、全店数量限定、店の規模にかかわらず一定数を目玉商品として売り出す。目玉商品の数は2種類から3種類、各店舗に一点限りの目玉商品もあるが、文字通りサービス品なので破格の値段設定だ。


 今日、たった今楓が手に入れた他社の最新の「今週分の特売チラシ」の中に、バッティングした価格と数量があった。

「数が、一緒ですね。価格も、1円違いだ」

 白鳥がつぶやいた。

 そして特筆すべきは、その一致が最近のものばかりだということなのだ。


「本部長が引っ掛かっているのはこれだけですか?」

 藤堂が問う。

「去年の夏、特売商品の配送連絡が何者かに変更されていたことがあったでしょ? 調べたけれど、結局誰かわからないのよね」

 楓はうんうんと頷く。

「そしてこの情報抜き取り、今日聞いたのはとある物件が契約する方向で動いているって。ねぇ、事務所出してからの動きが半年もたってないってことは、動きが早くない?」


 ランニングもニコニコドーも、そもそもは郊外型アパレルとして知られるが、両方ともアパレル店として出店し、そこが順調に根付くと衣料品もあるホームセンターへと拡大転換して店を大きくする出店形式が多い。

 転換できないと見るや否や、アパレル店舗だけにしてしまうあたりも利益を見極めてから出店という方式に変わりはない。

 通常、不動産関係の事務所やアパレル出店から一年を経て転換店に着手する方法なので今回の転換店着手は異常に早い。


 そして今、楓の指先には疑わしい、不自然な一致がそこにあった。

 特売品の「品目」が一致したもの、「数量だけ」が一致したもの、両方とも一致したもの、にチェックが入っている。

「情報が正確だから、これだけ早く動けるんじゃないかというのが私の『可能性』なんだけど」

 つまり、内部調査が必要なほど正確な情報が抜き取られているということだった。

「課員を疑うんですか?」

 横山がそういった。白鳥も横山も、藤堂や岩根に鍛えられてきた。楓と一緒に切磋琢磨してきただけにお互いの信頼度は厚いが、課員も一人ひとり集めてきた人材なので疑いたくないのは当たり前だ。

「疑いたくないから、情報を徹底したいの」

「しかし」

「後ろの目、だ」

 白鳥がそういって横山をたしなめた。

「目星はついているのか?」

「まだ全く。とりあえず、社内システムで社内PCと、外部からの情報抜き取りがないか見張ってもらっているから、何かあったら連絡が来ると思う」

「システム部に連絡したのか?」

「私はPCわからないもの。モチは餅屋。でも彼曰く、外から侵入された形跡はないし、内部から不用意に持ち出した形跡はないというの。だから、気を付けて、というお話」

 楓はそう言って解散、と命じた。



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