第9話 奈々子・退職の日 その1
最後のトラックを見送った後、指さし確認してシャッターを下ろす。
積み上げられた段ボールの山は爽快だし、それらがトラックに吸い込まれて各店舗に並ぶことも爽快だ。
隣では、いつものように露木が携帯でその山を撮影している。
事務所で検品の確認をするときにこうしておけば、携帯の写真を見るだけで品物と数量が分かるからだ。生活の知恵というか、仕事の知恵だった。
そんないつもの日常も、今日で終わりを迎える。
就職して物流倉庫勤務は5年になる。こうしてみて初めて、この仕事が好きだったんだなと奈々子は思った。
昼間ランチと称して、わざわざ奈々子の意志を確認してきてくれた楓には感謝しているが、今は、それでも自分の幸せを選択したいと思う。
どうしてだが、退職申請してから、退職日から起算して14日前までならば、退職を撤回できるという謎ルールがわが社にはある。今日がその最終日、起算して15日に当たるからだ。その日、役職者が退職の意志を確認するのがわが社ルールだった。
人と接することが好きで、店舗勤務を希望してトップリードの就職試験を受けた。地元のビジネス系の専門学校に進学したものの、成績は特別優秀でもないし、これといってやりたいこともない。けれど、高校時代からアルバイトでいくつかの仕事を経験したが、接客が一番自分に合っているように思って地元の会社では一番と思える流通の会社を希望した。
せっかくビジネス系の学校で秘書資格やデスクワークに必要な技能を身に着けたのにもったいないと姉には言われたが。
双子の姉とは、文字通り一緒に育ってきた。高校も専門学校も一緒だった。就職だけは違っていて、姉は隣県の商事会社の、地元採用事務職員(つまりは転勤がない採用枠)で就職を決め、奈々子は結局第三希望のトップリードから内々定になりそうだという連絡をもらった。
「君は、もしも希望とは違う配属になったら、それでもがんばれるかな?」
物腰は落ち着いているけれど、とても迫力のある、人事部長だと名乗った男は見定めるように奈々子に視線を送ってきた。
「店舗勤務ではないということですか?」
「必ずしも希望職種ではない可能性があるということなの。もちろん、店舗勤務の人材を探していることは間違いないんだけど、新規事業を展開する人材も探している。まぁ、新規事業となると、最初はドタバタだから何でもやらなきゃいけないし、自分の希望とは違う事業で、職種も違うかもしれない。それでも、わが社に入社したいですか?ってことなの。本人が希望していても、配置がすべて通るわけではないということね。ああ、誤解しないでね、これ、皆さんにしている質問なの」
人事部長の隣に座る女性部長が穏やかにそういった。
「あの、悩むと思います。でも、面白そうだったら、私はやると思います。いろいろな会社を訪問させていただきましたが、正直、御社が一番ワクワク度合いというか、面白そうな会社だなと思ったので、その時ワクワクするようなことが私に見つけられそうだったらやります。すみません、すごく抽象的な答えですけど」
「じゃぁ、あなたにとってのワクワクってどういったものなのかな? 例えば、接客以外では?」
「ガソリンスタンドのアルバイトでワクワクした経験からすると、例えばフロントガラスをピカピカに磨けたこととか、洗車スペースにキッチリ車を停車できたりとか、すごく小さなことですけど、その都度ワクワクしていました」
その答えを聞いて、二人が頷いた。それから男性部長がどうぞ、と後ろのドアの方に手を差し出した。
「うん、ご苦労様、控室に戻って良いよ」
役員面接はそれだけで終わった。応接室に入って、一発目の質問だけで終わったということだった。呼ばれた3人のうち、一番面接時間が短かったのは奈々子だけだった。他の人は、最初にこの質問をされ、あとは和やかに面接が進み、所要時間10分程度はかかっている。
奈々子は5分としないうちに面接を終了してしまったので、もうこれはダメだとあきらめた。他に役員面接まで進んだ会社はあるが、これも手ごたえ的にはあやしい。自分の何がいけなかったのかと思いつつ、待つ間に出された課題を解くことに集中した。
人事担当者は、結果は明後日夕方16時までに個別に連絡します、と言って課題提出者を順番に帰していた。
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