第10話 奈々子・退職の日 その2


 予想に反したことが起きたのは、受験翌日の朝の10時だった。

 会社訪問の時からあれこれと世話をしてくれていたトップリード社員から直接メールが届いた。内定を知らせるメールだった。

 内々定の話ではなかったのかといぶかったが、さらにそのあと、その社員から直接電話があった。

 驚くことに、内々定飛び越えて内定です、と言われた。それから、店舗勤務にはならないだろう、選考試験の結果が優秀だったので、バックアップチームに組み込まれている、もしも不安に思うなら相談に乗るといった内容の電話だった。


 バックアップチームとは何なのか? と疑問を持った奈々子の問いに答えてくれたのは、あの女性部長だった。

 時間を取ってほしいと言われ、本社に行くと、そのまま人事担当者と一緒に車に乗って本社近くの物流倉庫に連れていかれた。

 待っていたのはあの女性部長で、驚いたことに新店舗出店前の商品のチェックがあるから手を離せないで呼びつけたんだと笑いながら物流倉庫の意味を教えてくれた。

 その女性部長は汚れても大丈夫だからとツナギの作業着姿で、他にいた社員もアルバイトスタッフも思い思いの作業着姿だったのだ。


「あなたには、会社の商品の流れを把握してもらいたいの。倉庫勤務は、最初は地味だし体力的にキツイし、よくわからない仕事が続くからつまらないと思うのよね。でも、商品の流れが分かってくると楽しいんだけど。そういうわけで地味な作業が続くから、今日は服装自由の日なのよ」


 確かに、作業をしている年配の社員の中には、ド派手なアニメキャラクターのTシャツを着ているものもいるし、若いスタッフの中には学生時代のものなのか、ジャージ姿の者もいる。

「特に夏場は汗をかくので何回も着替えることになります。シャワーブースが設置してあるので、帰宅前にシャワーを浴びることもできますよ」

「えっ?」

 これには奈々子のほうが驚いた。

「それくらいの自由はないとね」

 作業着姿で、丁寧に倉庫の仕事を含め、バックアップチームの役割を解説してくれたのが小林部長で、彼女の仕事に対する姿勢に共感して入社を決めた。


※ ※ ※ ※ ※


 それから5年。

 小林さんは私が入社したあと、研修期間中からあれこれと新入社員とよく話をしていた。もちろん、私とも話すし、在籍している社員やアルバイトスタッフの皆さんにも分け隔てなく声をかけている。店舗の店長曰く、月に一度は必ず定期的に巡回してくる、とのこと。現場とのコミュニケーションを取るのは、日ごろから現場の希望や意見を取り入れて、店舗内の運営や顧客へのプレゼンテーションを効率よく円滑に進めたいからなんだって。

 そんな姿勢は、私が研修を終えて物流倉庫勤務になっても同じで、情報交換して倉庫内のあれこれを工夫してみたいと言ってくれたこともすくい上げてくれた。


 もちろん、倉庫を管轄する倉庫番の課長や主任が何もしなかったわけではない。倉庫の中の整理整頓はともかく、作業手順に関わることは配送先の店舗にも関わることなのである程度の調整は必要なのだ。

 課長や主任が調整しきれない部分をあれこれ調整してくれたことは、全く頭が下がる思いだった。


 アルバイトスタッフの中には、物流倉庫の勤務は「島流し」とまで口悪く言う者もいたが、本社の社員も、店舗の社員もそんなことは口にしない。倉庫勤務がどんなに大変で、重要なのかを知っているからだった。

 それに、週に2回から3回は営業統括室のメンバーの誰かがこの物流倉庫に顔を出す。特売商品のストックを置くスペースがあるか、とか、あらかじめ仕入れておきたい商品があるからスペースはあるのか、といったようなことを聞きに来るのだ。

 同時に、不良在庫になりかかっている商品があれば、今度はそれをターゲットにした企画を立てるためだ。じっとしている営業統括室のメンバーはいない、という話を聞いたことがあるのだが、全くその通りだと納得してしまった。


 仕事を始めて二年目、そんなやり取りの言葉の端々が、ある時つながった時があった。

 底値で仕入れて適正価格で販売する、ただしストックは最小限というスタンス、という方針を営業部は持っている。そして、情報漏洩を嫌って、特売商品の管理などを物流倉庫が担っている。

 時にはこちら側から、この商品が動いていないというアラートを発するのも倉庫番の仕事だ。

 激しい言葉のやり取りがあるとか、けんか腰になるとか、そういうことがあるのかと思ったらあっさりそれを認めて「じゃぁどうするのか」という話になった時には、本当に驚いた。

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