第6話 予兆
影山商事と問われて、楓はニッと笑った。
入社試験か?
と寺岡道子が腹の中で思ったのはナイショだ。
「大阪のニコニコドーの親会社。創業は戦後。そもそも服飾で儲けてバブルで土地ころがして儲けて、うまい具合にさっと手を引いてバブルのあおりを食らわなかった先代と、バブル後期に業種転換をうまくやり遂げて急成長した今の息子社長。強みは処方箋受付の薬局を併設したホムセン」
野田がニコッと笑った。
相変わらずのデータ収集能力だな。コワイコワイ。
と再び道子が思ったのもナイショ。
二人を背後に感じながら今日の仕事内容の確認をしながら次の会話を予想するのも、この課内ではままあることだが。
やだやだこの二人、にっこり笑って腹の中で会話してるじゃないのよ、と思ったのは二人の会話を耳にしている部下たちである。決して口にしないが。
「寺岡、気にしなくて良い。あの二人の挨拶みたいなもんだ」
朝のコーヒーを飲みながら今日の業務を確認していた吉崎が補足的にそうこぼした。そうだよな、今日の業務を優先しよう、と道子は手元の手帳に目を落とす。
「相変わらずの楓ちゃんだな」
「大阪が地元ということもありますけど、アパレルで実績作るのは難しいんですよ。バブル時代を経験している会社ならなおさら。貯金を手堅く使うか、さらにあぶく銭にするのか。乗り越えてホムセンで堅実に成功しているのもチェックポイント」
うふふ、と楓が笑う。ライバル会社だからそれなりにリサーチしている。
「影山リアルエステートが表町に事務所を構えたのは?」
「おお、野田さん情報通。耳早いね」
「と言うことはもう知っていたのか」
「事務所を構えて情報収集しながら不動産漁っていることは知っていますよ。井上常務と北河専務の耳にも入ってますし。あそこに事務所を構えたのはほんの最近ですけどね、デベロッパーが入ってきていたのは半年以上前です。去年の9月にレンタルオフィスを契約していたことは確認が取れたんで」
「人や物件を集めていることも?」
「もちろん。最有力候補なのは、山木町の山木ビル。ちょっと前に商業テナントが全部退去した、ロイヤルホテルの真正面、駅から15分」
「お前って、いつもながら怖い」
いやいや、と野田は首を振った。
とっておきの情報だと思って教えに来てみれば、当の本人はもう知っているという。しかも相手が狙っているという物件の情報まで手にしている。
「私じゃなくて、怖いのはウチの宇城チームよ」
だが、楓はその情報の出所が課員たちの情報網であることを示唆した。情報を仕入れてきた宇城チームの面々はまだ出勤してきていないが。
「コワイコワイ」
野田はそう言ってそれ以上のことは聞かなかったし、楓もその先は言わなかった。
ほんの2週間前ほどに、山木町の話は旧知の不動産会社から持ち込まれた。だが、寺岡も吉崎もアナライズの結果、NOという結論を出した。一方で出店の可否を握る岩根も、室長としての藤堂も多方向から見極めてNOという結論を出した。
4人の結論を前にして、楓の結論は「保留」だった。
それは、楓の口から宇城に伝えられ、それは話を持ち込んできた不動産会社にも保留と伝えられた。社内で検討して結論を出すまで時間がかかるという理由で。だから、もしも良い話があったらそちらで進めてほしい、とも言い添えてあった。
「で、野田さん、寺岡道子は手放すつもりはないですからね。本人が希望しない限り」
「おまえなぁ、どうしてそこまで俺の気持ちが分かるわけ?」
「九条さんと寺岡のことで大喧嘩したから」
さらりと楓が白状した。
「最近、九条さんが吉崎と寺岡をスカウトしてるのが目ざわりで目ざわりで。で、喧嘩したから今度は野田さんからのアプローチに切り替える頃合いかと」
野田がしげしげと楓を見た。全くその通りだ。
「かっちーんか」
「かっちーんです。吉崎も寺岡も、お互いにステップアップのために勉強中です。目途も立っていません。二人のキャリアアップのためにしているところを横からかっさらうのは反対です。人事部にはその旨、キャリアアップ経過を適宜報告していますのでご参照ください」
野田が言いたいことを察して、楓はピシリと野田にくぎを刺した。
「そうか」
野田は納得した。
もちろん、九条のもとにも優秀なアナライザーが二人、サポートしている。会社的に全く心配はないが、山木町の物件にかこつけて様子を探りに来た野田の話は不発に終わった。
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