第4話 露木という男2


 その日、いつもの料理教室に見学者が入ってきた。

 コース途中の入会は珍しい。というのも、中級者コースは系列教室での初級者コースを修了していないとその資格がないからだ。しかも、4月の受講開始から2か月も遅れての参加である。半年コースといえども微妙な時期だと思った。

 だが、それが転勤によるものだとわかったので合点がいった。

 講師によると、新規の事業所を出すにあたり、全く土地勘のないところなのでデベロッパーとして赴任してきたのだという。

 まずは長期リサーチを始めて、それから小さな事務所を立ち上げるので、当面はレンタルオフィスが職場になるんだとも教えてくれた。

 ただ、知り合いが誰もいない場所であるし、プライベートに付き合いたい仲間づくりの一環として料理教室に通いたいらしい、そういうことだった。


 講師が引き合わせたのは、人当たりの良さそうな露木と同年代くらいの男だった。

「香川といいます。大阪から転勤でこっちに来たばかりで、何にもわからないので教えてください、よろしくお願いします」

 頭を下げた彼は、落ち着きのある男だった。

「露木さんの班に入ってください」

「こっちだよ、こっち」

 露木の隣にいる男が手を挙げた。

 調理台の関係で、一つの班に4人が割り当てられている。途中退会者が出て、露木の班は一人かけていて好都合だったし、その上、今日は相沢が休みだと連絡が来たのでさらに人数が減っていたから好都合だった。

 露木の班には相沢という男と、田辺という男がいた。相沢は人当たりの良い営業マンで、定年を前にして料理を習い始めた男である。田辺は入社間もなく料理を習い始めた男で、必要に迫られて感が強い。彼は運輸会社の事務勤務だと言っていて、給料は安いが定時退勤がほとんどだという。


 調理の後は、試食会が開かれる。雑談タイムでもあるが、班のメンバーとの交流会でもある。

 香川は最初こそためらっていたが、田辺が営業トークよろしくきちんとリードして和やかな雰囲気になり、二度目は相沢も出席したこともあって交流はうまくいった。

 もちろん、料理の出来の云々はあるだろうが、時には仕事の愚痴を言いあうこともあるし、教室が終わった後、二次会と称して飲みに繰り出すこともある。それでもきれいに飲んで楽しくおしゃべりをして別れる程度なので付き合いとしてはとてもきれいな方だった。


「倉庫の仕事って、何をやっているんですか?」

 香川に問われたのは、交流会での席のことだった。料理教室とは別に相沢と田辺と飲もうという話になって、いくらか酒が入っていた。


「あ、それ、俺も不思議なんですよね。商品は基本、店舗に直接配送ですよね」

 田辺がそういった。


「そのまんまだよ、在庫管理。直接配送できる店舗ばかりじゃないから、その肩代わりをする。あとは、店舗で管理しきれない大きな商品の保管とか、店舗と店舗の間での商品移動の中継だったり、一番は特売品の管理だったり」

「え?じゃぁ倉庫にトイレットペーパーの山がドカンとあるとか?」

「ああ、パレット単位で山積みになることもあるな。安く仕入れて保管するだけ保管する時もあるし。そういう特売品の管理も仕事の一つ。日常的には本部と店舗の間を行き交う物資や商品の管理をしている、と言ったらいいのかなぁ。分かりやすいのは制服とかの支給品の移動」

「なるほど。でもすごいねぇ、トイレットペーパーの山って見たことない」


「段ボール箱に入っていて、パレット単位で来るときもあるよ」

「じゃぁフォークリフトとか使えるんだ」

「全員が全員じゃないけれど、免許を取りたかったら申請すれば補助が下りるから7割方免許を持っているかなぁ」

「見てみたい。写真もダメですか?うわぁ、すごいな」

「結構厳しいから無理だろうな。しょっちゅう上の人が来るから、部外者はたちいりできないよ」

「ええ?」


「営業本部の一部分に当たるから、課長は本社に出勤しているんだ。週に二日だけ、こっちに出勤してくる兼務さん。やり手の男。その上の上長に当たる室長とか本部長も週に一度は倉庫に来るよ。不意打ちだから、部外者を入れるのは無理。職場は仲良くワイワイやっているような雰囲気かなぁ。変な意味でぎすぎすしていないから、良好な関係ってやつかな」


「おかげで恋人との仲も進むんだろう?」

「おい」

「職場恋愛ですか?」

「プライベートの区別がつけば、同じ職場でも夫婦勤務出来る会社だと。シビアに振っているので有名。業界は違うけど」

 田辺がそう評した。

「へぇ、そんな風に言われているんだ」

「そういった意味で学生が志望している要素があるみたいですよ。そういってました、総務が」

「へぇ」

 当たり前のことが世間では当たり前のことではないのか、とふと思う露木だった。

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