第3話 露木という男1


 トップリードに入社してそろそろ8年がたとうとしているが、露木博の仕事はここ2年ほど、物流の仕事ばかりだった。

 入社してからは各店舗の売り場とバックヤードを経験して、今は倉庫勤務としてキャリアを積んでいる。店舗バックヤードの在庫管理の才能を買われてのことだった。

 入社当時から店に立つことも楽しいが、倉庫の仕事も楽しいと感じているのでうれしい配属だった。


 ホームセンター・トップリードの花形部署はどこかと問えば、おそらく一番売り上げを叩き出している店舗だと一般的にはいうだろう。だが、その店舗だけで商売ができるのかと言われたらそうではない。店舗を支えている部署なくして店舗はないのだ。どちらが欠けても、会社は成り立たない。だから自分は後ろの部署の一端を担っていると自負している。


 店舗勤務と一緒で、倉庫勤務に休みはない。休みは保証されているし、シフト制も気にならない。逆にシフトによっては仕事終了時間が早いことを気に入っている。

 2年前、初めて倉庫勤務になってしばらくは慣れるまで大変だった。が、仕事終了時間が早いことから、露木は料理教室に通うことにした。いわゆるアフターファイブの充実に目覚めたのである。もともと食べることが好きで、自炊経験はあるが、レパートリーがないということもあった。段階的にステップアップできる大手の料理教室に通って、今は中級に進級した。


 そこで知り合った友人も多く、時には一緒に出かけたりもしていた。今では共通の趣味から交流する友人もいて、料理教室外で交流したり、教室を続けている仲間とは一緒のコースを受けたりもしている。


 一方、私生活の充実もそれだけではなかった。

 露木が物流倉庫に転勤したとき、新入社員の時からいるという神崎奈々子と出会った。彼女は入社3年目。研修時から定着して倉庫勤務だということは、優秀なのだとすぐにわかった。

 新入社員は研修の一環として最初の一年間はいろいろな部署に配置される。研修を経て、一年後に仮配置され、正式配置はそれから先のことになる。それが、最小限の研修で一年後には倉庫勤務に戻ってきたというのは優秀な証拠だ。確かに、仕事はよくできる。


 最初は、女性として意識したことはなかった、と言えばうそになる。いや、女性として認識しているが、恋愛対象ではなかったというのが正しい表現だろう。


 その意識が変わったのは、倉庫内で積み荷の移動中にアルバイトの男性が転倒した事故が起きた時だった。


 本人は足をひねっただけといったが、立てるような状態ではなく、露木は即座に救急車の手配をした。隣にいた奈々子は落ち着いて寝ていた方が良いと助言し、常に声をかけて、応急処置をてきぱきと始めた。頭を打っている可能性があるから動かないほうが良い、とはっきり口にして。


 奈々子は、常に落ち着いていた。驚くくらいに的確に物事に動じない風で対処したのである。だが、彼が救急車で上司と一緒に職場を離れた途端、怖かったぁ、と年相応の無邪気さを見せたときはそのギャップに驚いた。

 以来、なんとなく女性として意識してしまった。


 それから職場の人間と複数で食事に行ったりすることや、残業が長引いた後などに二人で食事をすることがあったりと関係を深めていったのだ。学生時代、手ひどく失恋して以来、女性とは余り仲を深めたことがない露木には珍しく、彼女といるとなんとなく落ち着くといった理由もあった。

 ゆっくりと親交を深めて、といった表現にふさわしく、露木は時間をかけて生涯のパートナーとなる女性は奈々子しかいないんじゃないかと思い始めている。交際も一年すぎ、奈々子の両親とは会った。両親は紹介してくれとせっついてくるが、イロイロ予定が立て込んでいる。今年の夏に紹介して、来春に挙式くらいの流れかなぁ、とぼんやり考えていた。


 ただ引っかかるのは奈々子の両親の言動である。奈々子には、双子の姉の結子がいるのだが、両親はとかくこの結子を可愛がるフシがある。奈々子の言葉を借りれば、子供のころから姉の方が優秀だからではないかといった。

 が、両親は誰か養子に来てくれる人はいないかなぁ、結子と結婚させたい、とつぶやくことがあるから神崎の名前を残したいのでは、と思っている。

 露木自身は、兄が家を継いでいるので養子になっても支障はない。最も、両親の態度から奈々子に家を継がそうという気はないと思う。

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