第2話 目玉商品欠品は論外



 トラックが安全確認をして左折してゆくのを見送って、楓は深呼吸した。

 これで、午前の定期便トラックが全て出発した。この後の午後の定期便が出れば、今日のうちに各店舗に、明日の特売品が揃う。目玉商品の「ゲーム機」本体がないなどという欠品は回避された。


「楽しくなけりゃ、ホムセンじゃないのよ」

 とは、楓の先輩、如月聡子の言葉だ。

 日常の中のワクワクがなけりゃ、ホムセンはただの便利なスーパーだ。便利なスーパーの一歩先を行くのがわがトップリード。

 だからチラシの目玉商品の欠品なんて論外である。ホムセンの信用問題だ。



「部長、ありがとうございました」

 頭を下げたのはこの物流倉庫の物流商品管理主任の露木である。

 本来、目玉商品のゲーム機本体30台、積み荷にして10箱は大阪の問屋を介して、昨夜のうちにここ、物流倉庫に届くはずだった。

 ところが、交通トラブルと手違いで到着が遅れることが分かり、急遽、運送会社の配送物流基幹センターまで直接ピックアップすることになった。

 基幹センターで積み荷を受けとったのは本部の課員である横山で、彼は休暇中にもかかわらず、二つ返事でその依頼に応じてくれた。

 一方、手配が付くなり、トラックを借りて基幹センターまで行ったのは営業統括本部長を務める小林楓である。


 物流倉庫にいる露木や神崎にしてみれば、楓が即断即決でトラックを出したことに驚きである。それくらい、決断が早かった。


 報告書を受け取るために倉庫内の事務所に帰ってきた楓と露木を出迎えたのは、物流倉庫のチーフ格を務める神崎奈々子だった。



「お疲れ様です」

 今回の判断は彼女の功績が大きい。もっとも、彼女の手元には、もう今回の報告書と午後便の予定表がある。

「お疲れ様。良かったわね、二人とも良い判断だったわ」

「いえいえ、部長のおかげです。本当にありがとうございました」

 事務所の隅には、高額商品ゆえに、午後便と書かれた張り紙を張られた特売品が積まれてある。


「まだリカバリーできる範囲だったから。横山君もいたしね」

「あれ?横山君は?」

 その横山は、事務所から一望できる積み込みスペースに散乱した段ボールやパッケージ資材を、倉庫スタッフたちと一緒に片づけている。


「うわぁ、相変わらずのことで」

 目を細めてにっこり笑うと、楓はワイワイテキパキ片づけている面々を横目に、神崎からの報告書に目を通し、受領サインをした。控えはここに、本票は本社に保管することになる。


 昨日の朝、時間通り夕方便に到着するように荷物を出してくれたかという神崎から問屋への確認が、今回の騒動の始まりだった。

 荷物の確認は、物流倉庫の面々にとって特段特別なことではなかった。もちろん、長年の付き合いがある問屋の担当者も、ここ力それに応じてくれた。

 だが、ふたを開けてみれば夕方便ではなく、翌日午前便に到着するように「変更」になっていたのだ。

 神崎は直ちに上長に報告し、本部にも報告してスピーディな対応を取った。


 楓が事態を把握し、原因を探ると同時に荷物配送のリカバリー策を模索する。そのために商品仕入れ担当の横山に連絡が行き、横山は二つ返事で動いてくれたのだった。


 原因は、配送便の「変更」があったこと。

 ただし、問屋の言い分とトップリード側の言い分は食い違い、そこは再調査となった。今頃は吉崎が詳細に調査している。

 当然、問屋側も調査すると約束してくれた。


 残るは、荷物配送のリカバリーである。

 仕入れの関係で多方面から届く、合計10箱分の荷物は、運送会社の基幹センターで受け取ることになった。その先はトップリード側で物流倉庫に運び込む。

 それが各店舗に配送する最良の策であり、休暇で実家に帰省した横山を引っ張り出すことになるものの、最善の策に間違いがなかった。

 横山の実家から、基幹センターまでは車で30分ほど。ミラクルなめぐりあわせだったといえる。


 こうして、目玉商品が欠品するなどと、論外の所業は回避できたのである。

 関わった社員一同、胸をなでおろしたのだ。

 そして、神崎の手にあるのは一連の物流倉庫側からの一次報告書である。


「ありがとう、助かったわ」

「本当ですね。間に合って良かった」

 露木がうなずいた。

「でも、発便変更なんて…」

 神崎がボソッとつぶやく。

「その先はこっちの仕事よ。じゃぁ午後便よろしく。横山、名残惜しいけど、帰るよ。」

「はいはーい」


 何とも軽いノリで倉庫スタッフと手を振って別れて、二人はトラックに乗った。

 トラックを走らせて、倉庫敷地内を出る。一般道に出たところで赤信号になり、車は停車した。

 周囲の安全確認を一緒にしていた横山が、ふと真顔になった。

「倉庫内で不審な動きはなかったと思います。気になるようなスタッフもいなかったし、ざっとみたところ、外部から侵入できるような場所もなかったし」

「さっすが、横山君」

「ってことは、気になったんスか?」

「ちょっとね」

 楓は言葉をにごした。

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