第20話東と西

 身を凍らせるほどの鋭い睥睨へいげいに、凛とした声が広間に響いた。警備隊が揃って平伏し、ランドは一人佇む。

 目の前の男の風貌は、身長160前後にしてそのハンディを全く感じさせない精悍せいかんな聖騎士。


「連れて参りました、レイン様」


「ご苦労」


 そしてランドは、今し方呼ばれた名に自分の耳を疑う。ダンディグラムに住む国民なら、一度は訊いた事がある名だ。

 【男党だんとう総合そうごう絶政統会ぜっせいとうかい】と深い協力関係にあり、その権力は上層部とほぼ同等。

 滅女器めめっきを駆使した個々の戦闘能力はアマにも匹疇ひっちゅうすると言われている、男達の希望の星・男星だんせい

 東西南北各1人ずつ管掌かんしょうし、高い知名度とカリスマ性、圧倒的な人気と戦闘力を誇る。

 その東を司る、、現役最強と謳われる0級男狩人メンター

 《ホーリー・レイン》


 暫くの沈黙。時間が止まったような感覚に襲われやがて、


「“なおれ”、と言っているんだ」


 痺れを切らしたようにレインが言った。有無を言わさずランドは手錠をしたまま膝を突き、160前後の男を見上げる体勢。もはや弁明の余地は無い。


「貴様が何故ここに連れてこられたか、分かってるな?」


「…分かっています」


 あまりのオーラに、自然と畏まった敬語が出てしまう。


「潔いな。なら、するということでいいんだな?」


「………」


 そして熱の籠もっていない冷めたレインの問いに、ランドは何も言わず黙った。

 弁解は無理だと、諦めた訳では無い。この状況、この人物を、どうやったら説得できるかを模索しているのだ。


「レインさん、て読んでもいいですか?」


「…犯罪者に呼ばれる名など無い」


「じゃあ男星さん、俺がこの国でどんな扱いを受けてるか分かりますか?」


 立て続けに、今度はランドの質問責め。先の警備隊にならった、少し回りくどい手法で手を打つ事にした。


「貴様の事は多少耳にしたことはあるが、殺人への動悸か?そんなものは訊いていないが」


「違いますよ。アマと戦えない、戦闘力皆無の『お荷物』。それが、俺の二つ名です。

 そんな人間が武装し鍛えられた男狩人3人を殺せる筈も無いし、そもそもそんな奴とパーティーを組まされても、一緒に行動する奴なんていません」


「…何が言いたい」


「もう分かるでしょう。俺はあの洞窟に入ってすぐ、3人とは別れました。《見捨てられた》の方が正しいですが…。

 それからは、1人であの洞窟を出ることだけを考えて進みました。あの3人がどう進んだのかは知りません。自分の方が何倍も、生きるか死ぬか分からない状態で。目の前の事で精一杯で、そんな余裕なんて1ミリも無かった。

 だから俺は、ダン・カリム・クロットの3人を殺してはいない!……それが俺の答えです」


 ランドはレインを兢々きょうきょうと睨み返し、少ししわがれた声で力の限り吠えた。

 自分の言えることは全部言った。アイリスやネモなど、多少包み隠してる事はあるが、今の論点はそこでは無いのだから嘘はついていない。

 全くもって証拠も説得力も何も無いが、理屈は通っている。『殺してない』というのは変わらぬ真実だ。

 しかしそのアンサーを受け、まだ容疑を疑うレインは口を開く。


「ギルドに報告しなかったのは?」


「帰れた事への疲労や安心感で、すっかり忘れてました」


「2日間もか?」


「…そうです」


「そもそも『お荷物』と呼ばれる貴様が、どうやって1人で帰還することができた?」


「それは、様々な運が重なって」


「………」「………」


 やがてお互いに無言で睨み合い、様子を伺う。

 張り詰める空気。警備隊2人が固唾を飲んで見守る中、レインが勝負を決めるべく最後の一撃を放った。


「貴様が殺っていないというはあるのか?」


 そう、伏せている部分が多々あるため、大分のらりくらりな弁解。そもそもランド自身、3人を殺した真犯人も分からず、殺していないという確固たる証拠も無かった。

 そこが、結局のところ鍵となる。………しかし、


「それは、そっちも同じですよね?」


 刹那、部屋は《唖然》という言葉で凍り付いた。

 たしかに、調査帰還後ギルドにその報告を怠っており怪しいという疑いがあるだけで、実際にランドが殺したという決定的な証拠もまた無い。

 しかしそれでも、相手はこの国の中枢を担いアマと唯一対等に戦える存在。

 その有無を言わさぬ威圧を前にして辟易せず物申し返す人間など、同じ男星で無い限りあり得ない。

 ランドは存分にしていた。

 恐怖はしていたが、ここで何も言い返さなければ前述の弁解は力を無くし一気に持って行かれると思い、乾ききった喉を震わして何とか反駁はんばくした。


「ほう」


 後ろで畏っている警備員2人が口を半開きにアホ面をする中、レインはその金色こんじきの眉をピクリと動かす。

 しかし尚、ランドの劣勢は変わらない。

 お互いに決め手が無く均衡状態になった場合でも、それが対等の立場で無い限り無理矢理上から塗り潰されるのが権力というもの。

 それを踏まえた上で、ランドの主張はあまりにも弱かった。


「たとえ貴様が殺してないとしても、貴様は女を示唆するこの国の危険分子。生かしておく必要は無い」


 結局、殺した殺してないというのはただの口実であり、邪魔なランドを何としても消したいというレインの180度話の転換。

 どう足掻いても難癖は付けられるため、逃げ道は無い。

 ある種の死刑宣告を告げレインは、鎧の擦れる音を響かせながらランドに近づくと同時、右手をゆっくりと左腰骨辺りまで持っていく。そのまま腰に仰々しく携えられた剣の柄に手を置き、ジャキンッと一閃。

 鎧同様、素晴らしいほどに磨き込まれた剣身。中央のラインには1本の金線が引かれており、ガードの部分は両脇に翼、中央に真紅の宝石が埋め込まれている。

 見るからに、強力な名剣めめっき


 アマや男狩人の強さにランク付がされているように、女滅器めめっきにも《下、中、上、特、真、極、天》という7段階の格付けがある。

 ランドが持つ女図鑑が《上》に対し、レインが手にするそのつるぎは数ある滅女器の中の、この国でたった7本しか存在しない超1級の代物。


 レア度:《天》伝説の勝剣【ブイブレード】


 刀身から光を放ち、幾千もの万物を切り捨てる万夫不当ばんぷふとうつるぎだ。


 土下座のような体勢で平伏するランドの首筋に、少し触れただけで細切れになりそうなその刃が定められ、釈明の余地無し。


「死ね」


 刹那、目にも止まらぬ速さで迫る閃光の一撃。

 ランドの視力では捉える事もできない一振りに『死』を悟った。…その直後、

 ギャギーンッという衝撃が轟き、落とされるはずのランドの首はまだ付いていた。

 そのまま何秒経っても痛みと共に意識が無くなることはなく、ランドは恐る恐るレインを見る。するとさきほどの衝撃音、あれは何かの妨害だったようで、レインは勝剣を自分の身体の前に構え後退していた。


 助かったという安堵より先に、ランドはという疑問が浮かび上がる。

 今のこの国でレインの一撃を防げる者など、同じ男星である他の3人くらいだ。そしてそれを裏付けるように、ランドの右斜め後ろ、壁際の方から場に合わぬ暢達ちょうたつな声が発せられる。


「おいおい、それはいくら何でも無理矢理すぎんだろぉ」


「…何をしに来た?、キラ」


 その男を思いきり睨み付け、あからさまに不機嫌になるレイン。口にした人物の名『キラ』も、間違いない。

 西を司る男星、〈オウマ・キラ〉だ。

 ランドが振り返り姿を確認すると、キラは壁に背を預けながらこの場面を楽しむかのように口角を吊り上げていた。

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女(アマ)を照らす 沖田鰹 @okitakatuo

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