第15話規格外の大老婆

【〈ランクSS〉 名前:アンデール・バイマイヤ 年齢:300歳 身長:320センチ 体重:481キロ】


 ランドは、液晶画面の中のデータを見て愕然とする。ただでさえぶっ飛んでいたゼーナの、さらにその倍をいく数値達。こんどこそ、女図鑑の重大なエラーを疑わざるを得ない。

 

〈ランクSS〉という評価。


 女図鑑において《SS》というランクの項目は、このアンデールを記録して初めて表示された言わばシークレットのような存在。

 何故記録も、表示さえもされていなかったのか、その理由は定かではないが、今問題なのはそこでは無い。ランドが与えられたこの滅女器めめっき:【女図鑑】の格付けが合っているのならば、あの老婆の戦闘力は優にということになる。

 さらに無視できない情報が、という年齢。

 男と女の間に亀裂が生まれ、狂ってしまった世界から今日まで約200年余り。もしかしなくても、あのアンデールという老婆は男女が共存してた時代を知り、直接見て暮らしていたと考えられる年齢だ。

 無論、この世界の理を逸脱いつだつし、通常の時の流れより速く身体(年齢)を老わすことのできるアマも存在するだろうが、いくらアマでも老いればスタミナもパワーも無くなっていき、身体機能は低下する。それを承知で自らを老わす者は、自殺願望がある者くらいだろう。


「ちょっと、貸して」


 隣のアイリスにそう言われ女図鑑を渡しながら、少しでもいいから昔の話を訊けないかと希薄きはくな願いをするランド。しかし…、


「グウウゥゥゥッッ」


 と相手は相変わらずの威嚇。どうやら、話し合いの余地は無いようだ。


「…もしかしたら」


 そんなランドの思案の中、女図鑑を手に取り覗き込むアイリスから言葉が投げ掛けられた。


「あの子が言ってた、お婆ちゃんて、あの人なのかも」


「!!!?」


 確かにそれは、無きにしも非ずな可能性。ランドは目を見開き、そう思い至った理由わけをアイリスへと無言で促す。


「分からないけど、私でも、首を切断されれば、死ぬと、思う。けどあの人の強さは、桁違い。首を取られても、死ななそう。…だから」


 根拠は無いが、まさしく《女の勘》だとアイリスは推測する。

 ここまで強いアイリスが、恐れるほどの老婆かいぶつ。アイリスの仮定で話を進めるとして、それならもう一つの疑問が生じてくる。


「どうしてこんな事するんだ?」


 単なる破壊衝動か、それとも他に目的があるのか、このタイミングでこのアンダーシフトに現れた謎が知りたい。

 さらにあの無垢な幼女とこのヤバすぎる怪物が知り合いならば、ランドの予想(願望)は外れ3人を殺したのは幼女だった可能性も出てくる。


「…分からない」


 アイリスはその問いに、苦虫を噛んだような顔をした。やはりそれは、直接本人達に訊かなければ分からないようだ。

 「…でも」とアイリスは続けて、


「あの人に、聞くのは、無理だと思う」


 アイリスの視線の先、明らかな敵意むき出しで臨戦態勢の老婆。いつ襲い掛かって来てもおかしくない様子だ。

 するとさらに、珍しくアイリスから提案が出される。


「私が、あのアンデールを食い止めるから、ランドは、さっきの幼女を、探してきて欲しい」


 その提案に、即座にアイリスの意図を読み取るランド。確かにアンデールの貫禄は圧倒的で、その強さはランドでも分かる。

 無力な自分が此処にいても何の役にも立たないのは分かっているし、ネモを探しに行くこと自体は構わないランドは、一応最後に確認する。

 

「アイリスでも、勝てないって事だな?」


「うん。今の私じゃ、おそらく勝てない。でも、時間を稼ぐことなら、少しだけどできそう」


「分かった!」


 アイリス本人が言うのなら間違いないと了解するランド。


「オオオオオオオォォォォォォオオオッッッ!!!」


 そこで、これ以上待てんと言わんばかりのアンデールの咆哮が轟き、同時にランドは広間の後方にある出口に向かって走り出した。


「死ぬなよ」


 …最後に、そう言い残して。


(また、難しい要求)


 心の中でそう返し、小さく困り顔で苦笑するアイリス。

 獰猛どうもうな双眼がギラつき、最初に動き出したランドを標的にしたアンデールは、逞しい四肢を床に付け四足歩行の体勢。溢れんばかりの剣幕は、まんま百獣の王とも称される獅子を彷彿させる。

 そしてそのまま全身の筋肉に力を込め、そのデカい図体からは想像もつかないほどの、まさに高速での肉薄。

 簡単にランドに追いついてしまうスピードにしかし…、


「させない」


 凛烈りんれつな声が鳴り、白雪の少女が1人間に割って入る。


氷宝の盾ダイヤモンド・シールド


 両腕を前に突き出し唱えると、ダイヤモンドのオールド・ヨーロピアン・カットを模した氷の盾を展開。間もなく、轟音を唸らせたアンデールのタックルと衝突した。

 鈍い破裂音と激しい波紋が生まれ、大気が揺らぐ。勢いは多少抑えることができたが、優勢なのはアンデールだった。

 綺麗だった紋様に次第にヒビが入っていき、1センチ、2センチと徐々に押されていくアイリス。

 渋面を作るアイリスの頬に一筋の汗が垂れ、盾はついに限界を迎へて崩壊。そのまま突っ込んで来るアンデールのタックルを、アイリスは横っ飛びで紙一重に躱した。

 完全に防御はできなかったが、後ろにもうすでにランドは居なく目的は達成。いつでも殺せると踏んだのか、アンデールはランドを無理に追おうとはせずヘイトはアイリスへと遷移する。

 この速さと破壊力。まともに闘っても何分も保たないと悟ったアイリスは、自分のフィールドで闘うことにした。

 自身に氷鎧ひょうかいを纏い、広間の床に手を付けると静かに囁いた。


氷屋ひょうや


 それは、氷庭ひょうていの上位互換であり、広間の床だけで無く終わりの見えぬ部屋全体。無数の円柱やアンデールが開けた穴もろとも、氷が覆っていく。

 床・壁・柱・天井全てが白に染まり、氷の部屋が完成。アイリスの攻撃範囲は、アンデールに対し360度どこからでも仕掛けられる。

 浸食していく氷は、やがてアンデールの脚を捉え固縛する。しかしマリスの時のようにはいかず、普通に歩く要領で一歩足を出しただけで簡単に抜け出されてしまった。


「………」


 予想はしていたが、1秒も時間稼ぎにならない。アイリスが次の作戦を考えるのも束の間、今度は自分のターンだと放たれる跳び蹴り。

 それはさっきのタックルよりも速く、鋭い。


「…凍結のいばら


 思考を中断し、仕方なく守備に回るアイリス。氷の部屋と化した広間の全方位から、氷で形成された茨が伸びアンデールの身体へと絡み付く。

 とげが肌へと牙をむき、全身を鎖のように束縛するが〈ランクSS〉は止まらない。その茨達をまるで紙切れのようにあっさりと引き千切ると、スピード衰えずアイリスに一直線。

 強烈な蹴りがアイリスの腹部に直撃し、そのまま抉ったように貫通。しかし瞬間、アンデールは寒気を感じるほどの違和感に苛まれた。

 確かに、攻撃は当たった。腹を抉り上半身と下半身が真っ二つになるほどの威力で、呆気なく勝敗は着いた。しかし当のアンデールには人間の肉が抉れる感覚も、骨が断ち切れる感覚も一切感じられず、まるでポッキンアイスをポキッと折るような感覚。

 勝ったはずが、アンデールは嫌な予感が拭えず振り返ると、半分に割れたは、無機質に崩れ落ちる。


「ッ!!!」


 さしものアンデールも瞠目し、動揺する。その結果では無く、過程にだ。

 氷のフィールドや茨、多少の小細工はあったがどれも気に留める程では無かったし、何よりアンデールの視力はアマの中でも頭抜けて良い。

 その間アンデールはアイリスをずっと見ていたが、そんな余裕も動作も無かったはず。

 『ならどうやって?』と、

 自分の理解の及ばぬ事実に動揺し、動きが一瞬停止する。そして強者との戦闘において、一瞬であってもその《隙》は甚大な致命傷へとなり得る。

 動きが遅れ無防備なアンデールの真下、


白雪の咆哮ホワイト・ローア!」


 氷中に身を隠していたアイリスは肺いっぱいに吸い込んだ空気を一気に吐き出し、真っ白の凍てつく咆哮を轟かせる。

 直前で気づくが、まともな防御は間に合わない。アンデールはその咆哮をもろに受け、上空へと勢い吹き飛んだ。

 ズバァーンと、豪快に鳴り響く衝撃。

 しかし、こんなんで倒せたら苦労はしない。それが分かっているアイリスは、休む事無くアンデールへの追撃。

 拳を強く握ると、そこに粉雪の粒子達が収束していき波紋を呼ぶ。高濃度のエネルギーが拳に生まれ、何処からともなく空間が震動し発生する地鳴り。


偉大雪崩グランデ・アバランチ!!!」


 アイリスが持ちうる最大にして最強。最も高火力の一撃。

 純白のオーラを纏ったアイリスの拳が空中を舞うアンデールを撃ち、震動がマックスに達する。一拍置いて、拳から起因して凄絶せいぜつな雪崩が迸発ほうはつ

 そのままアンデールを押し潰すように、強力な雪の奔流。天井を貫き、地下神殿に通ずる穴を渡って、遺跡へともの凄い勢いで上昇。

 凄まじい轟音と共に、アンデール・バイマイヤは雪崩の中に埋もれて見えなくなった。

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