第13話ランドの道

 自分にもたれ掛かるか細い少女を優しく抱えながら、ハナは1人、アイリスとマリスの戦いの最中、ゼーナの登場からその戦闘中、あの化け物が乱入してきた瞬間でさえ、ずっと考えていた。

 マリスから写力コピーした瞬間移動テレポーテーションで、今すぐガーベラと共にこのアンダーシフトを脱出する事は可能だ。疲弊しているガーベラ、そして逝ってしまったキャシーのためにも、それが最善だといえる。

 しかしいざ力を発動しようとすると、自分達を助けてくれた2人の事が頭を過ってしまう。ここで逃げたら、あの2人はどうなる。助かるのか、とか。しかし男など、助ける価値も無い単なる愚物ぐぶつ。やはり自分達だけで脱出するのが安全か、とか。

 そんな葛藤が頭の中で右往左往していたその時、あの化け物が現れハナは咄嗟にランドとアイリスの手を取り瞬間移動を発動していた。


「これは、お前が?」


 入り口前の沈黙。こんな芸当ができるのはマリスか、それをコピーしたハナぐらいものだ。ここにガーベラとハナの姿しか無いという事は、そういう事なのだろうとランドはハナに尋ねた。


「はっ、一応借りはあるしね。お節介だったなら、今すぐ戻って死にに行ってもらってもウチは一向に構わないけど」


 あくまで素っ気なく、ハナは外方を向きながらそう言った。


「いや…、ありがとう」


「ふんっ。ウチの能力は、写力した力の3分の1程度しか使えない。それはもちろん移動距離も含まれるから、運べたのはここまで。

 ウチ達はさっさとここを退散するけど、あとどうするかはアンタ達で決めて。…じゃ」


 そう残して、ハナはガーベラを背負うとそそくさと歩いて行ってしまった。その間、振り返ることは決して無いまま。

 ハナ達が見えなくなるのを待ってから、ランドとアイリスは揃って顔見合わせる。好きにしろと言われても、さっきまでは目の前の事で一杯一杯で無事脱出した時の事を考える余裕も無かった。

 両者黙ったまま暫く考え込み、やがて思い出したかのように今し方来た洞窟の暗闇を眺めながら、ランドは何度目かの頼みをアイリスに投げ掛けた。


「アイリス、悪いんだけどもうちょっと付き合ってもらっても良いか?」


 その頼みを、もちろん二つ返事で了解するアイリスだった。


 ランドがこの洞窟内でやり残した事、それは…ダン達3人の安否の確認と救出だ。

 もしかしたらもう諦めてすでにこの洞窟内にはいなかもしれないが、ランドの言葉に対してのあの激昂ぶりと侃々かんかんな様子からその線は薄い。

 裏切られ、殺されかけたランドだが、それでもやはり同じ人間であり男。『男女の共存』とは、女だけが助かっても意味を成さないのだ。

 諦めてくれていればそれが一番だが、万が一アンダーシフトを見つけてしまっていたら、今あそこにはゼーナとあの化け物がいる。確実に命の保証は無い。


「やべえ、ガーベラ達に洞窟内の道教えて貰えば良かった…」


 そして、洞窟に入ってから数十分。またしても、道を彷徨さまようというデジャヴが起きていた。

 ガーベラがいなくなった事で無限ループの幻影は無くなったが、それでも洞窟というだけあり暗く道は複雑に入り組んでいる。前回は幸運に幸運が重なっただけで、本来地図も無しにアンダーシフトを見つけるなど、それこそクロットよりも上級の男狩人メンターでも難しい。

 しんみりとした道を歩く最中、ランドは自分が迷子となった事とその気まずさを濁すようにアイリスに話題を振った。


「アイリスは、俺とのこの冒険が終わった後はどうするんだ?」


 それは、先のハナの言葉。今はランドの頼みで行動を共にしているが、この全てが終わった時もちろん2人にはそれぞれの進む道がある。

 ランドとしては折角仲良くなれた?のだから、これからも一緒に冒険したいというのが正直の気持ちだが、それはアイリスの気持ち次第で無理に強要はできなかった。


「……、逆に、ランドは、これからどうする?」


 暫く考えたのち答えが出なかったのか、アイリスは同じ質問でランドに返す。

 その返しは少し予想外でランドは一瞬驚いてしまったが、すぐに自分がこれから何をしたいのかを真剣に思案し始める。それは、この先の未来を決める覚悟の言葉だ。 


「俺は、これが終わって国へ帰ったら、方法は分かんないけど強くなろうと思う」


「?。やっぱランド、弱い?」


 グッと顔を寄せてくるアイリス。


「ま、まあ。今日の事で、俺は本当に何もできないお荷物だって改めて実感した。もっと強くなって、男と女が一緒に暮らせる世界を創りたい」


 迫ってきたアイリスの顔をスッと避け、自分の無力さを思い返すランド。今の今まで、男女が仲直りするのに力なんていらない。思いさえあればどうにかなると思っていたが、それは全くの勘違いだった。

 最低限、出会っていきなり肉弾戦になる男女を鎮圧し、話し合いに持って行けるだけの力が欲しいと思う。


「男女が一緒に、暮らせる世界…」


 そんなランドの覚悟に対し、アイリスは腑に落ちぬという様子。言葉の意味自体は分かっていはいるだろうが、何故か疑問を隠せないでいる。

 男女の抗争が始まって200年余り、約100年アイリスは眠り続けていたとゼーナは言っていた。それは大体、【ダンディグラム】が建国された頃と同時期だ。

 記憶喪失ではあるが、技をスムーズに発動していた事から、自分も含めアマが特殊能力を有している事は何となく覚えているのだろう。しかし男女間の関係性の把握はおそらく曖昧で、この世界の夙昔しゅくせきもほとんど理解できていないと見て間違いない。


「昔はともに手を取っていた男と女も、今や山のような分厚い壁で隔絶かくぜつされてる。

 俺のじいちゃんはさ、どっかの本で見た、男と女が互いに互いを助け合って暮らしている世界がすっごく好きだったんだ。…実際に見たこともないのに。

 知ってるか?昔は男の方が力が強くて、力仕事は大体男がやって、男が女を護るなんて世界だったたんだぜ?今じゃ考えられないよな。そんな昔の情報を何処からか沢山手に入れては、俺に嬉しそうに語ってくれた。

 俺もその話を聞くのが楽しかったし、いつしか自分自身でも昔の事を調べるようになってた…」


 何から話していいか分からなかったランドは、尊敬する祖父の事、そして自分が男女共存を目指すようになったきっかけを語る。


「じいちゃんは若い頃、この世界を昔のように戻すため世界中を旅してた。でも見ての通り、世界をまるごと変えるのは難しく、叶えられること無くこの世を去った。

 そのじいちゃんが叶えられなかった夢を、自分の夢でもある『男女の共存』を、俺が代わりに叶えたいと思ってる」


 そう口にした途端、走馬灯のように脳裏に浮かんだのは、今は亡き祖父のある一言だった。

 6畳ほどのワンルームに、敷き詰められた本棚と数千もの本達。その中央にポツンと置かれた椅子に腰掛け、楽しそうに祖父の読み聞かせを聞くランドと、これまた楽しそうに孫に読み聞かせをする老人:クレイド・ランド。

 やがて最後のページがめくられ本がパタンと閉じられると、クレイドは少年のような真っ直ぐな瞳で言った。

 

「いつかワシは、昔みたいに男と女が笑い合って暮らせる世界を取り戻す!」と。

 

 結果、その目標が達せられる事は無かったが、そんな骨董無稽こっとうむけいな夢は当時7、8歳だったランドにとてつもない衝撃をもたらした。

 あの時から、ランドの進む道は決まった。学校や街、国に何と言われようとも、気持ちは1ミリも変わっていない。

 改めて…、


「俺は…、いつか俺は、昔みたいに男と女が笑い合って暮らせる世界を取り戻す!」


 そんな誰かの名ゼリフを代わりに自分が成し遂げると代行して、ランドは宣言した。その顔に、一切の迷いは無かった。

 ずっと黙っていたアイリスは、珍しくポーカーフェイスを崩し完爾かんじする。


「ランドが、私を助けてくれた時は、すごく救われた、気がした。ずっと痛くて、苦しくて、寂しくて、1人だった真っ暗闇が、眩しい光へと変わった。よく分からないけど、嬉しかった。ランドは、命の恩人。だから………」


 柄にも無く多く発せられたアイリスの言葉は、最後まで紡がれること無くそこで遮られた。ランドが不思議に思い振り返ると、アイリスは辺りをキョロキョロと見渡し警戒している。


「誰かが、私の領域テリトリーに、入った」


 非現実の超能力を扱えるアマなのだから、数メートル先に警戒網を張れてもおかしくないと今更ツッコミはしないランドだが、問題はその範囲だ。

 現状は前と後ろ、見える範囲で誰も視認できない。アイリスの様子から張った防衛線に侵入したのは確かだが、その正確な距離と位置までは把握できていないらしい。

 何となく始まったお喋りは終わりを迎え、薄暗い洞窟の前後、はたまた両サイドの壁を2人で警戒する。

 するとそのは、前方のランド側からゆっくりと姿を現し、


「お兄ちゃん達、お婆ちゃん知らない?」


 半泣きの幼声おさなごえでそう尋ねてきた。

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