第11話白蓮の氷攻

【〈ランクA〉 名前:マリス・クリス 年齢:21歳 身長:167センチ 体重:55キロ 性格:従順 趣味:主人の観察 能力:瞬間移動テレポーテーション 弱点:主への罵倒、揶揄  経歴:貧困な地で育ち、毎日辛い日々を過ごす。後に、主・ゼーナに拾われ、主人への忠誠を誓う】


 女図鑑の画面に、映し出されるマリスのデータ。ガーベラが力を決死の思いでマリスに幻術を掛けていた間、ランドも何もしていなかったわけでは無かった。

 アイリスが展開した氷庭ひょうていは、徐々に広間の床を白一色へと替えていく。それは次第に3人の所にも伝播でんぱしていき、マリスは瞬間移動で余裕を持って空中に回避。だがアイリスの狙いは、では無かった。

 氷庭はガーベラとハナの2人の足を飲み込むと、そのまま身体中に纏わり付き氷の鎧・氷鎧ひょうかいへと変形。さらに自分達にも氷鎧を装備し、これで4人は一面に広がった氷のフィールドを自由に動き回ることができる。

 一方マリスは一度でも地面に脚を着ければ、氷が一気に身体を浸食して二度と身動きすることができなくなる。瞬間移動があるものの、氷漬けにされるのは時間の問題だ。ならば、


「ゼーナ様の命令は絶対だ!」


 死にかけの2人にテレポートで奇襲をかける。が、それと同時にすぐ側の氷庭を滑る影が一つ。…ランドだ。

 本来ならいくら男が全力で滑ったところで、アマであり瞬間移動を有するマリスに追いつくのは到底不可能だろう。だが、絶対の主人であるゼーナを裏切り、自分に牙を剥いてきたアリ2匹。その愚者達を優先して潰すとランドは予測し、マリスより先に滑り出していたのだ。

 しかし、所詮は力を持たぬ男1匹。ランドが出しゃばったところで、一体何ができるという局面だった。


「よう、ゼーナ様って言ったっけ?お前の主人は部下が体張って戦ってんのに、神殿の奥でコソコソ引き篭もって情けねえな」


 否、それはマリスだからこそ効果的な、男でも付くことのできる弱点。至近距離でに嘲るような笑みを浮かべ、最大限の皮肉を込めてランドは安い挑発をした。

 普段なら、無断の盗撮により得た弱点や急所などを頼ってアマと戦闘など決してしないランドだが、こと現在に限っては状況が少し違った。


「なに?」


 対してマリスは、安すぎる挑発だと分かっていながらもその顔や存在、特に今発した言動は自分の耳を疑うほどの憤りを迸発ほうはつさせ、他の全ての思考と行動を中断してでも再度ランドに尋ねた。

 恐ろしい程の鬼迫きはくは、もう一度同じ事を口にしたら最後まで述べずして首を落とされるほど。しかし当然、ランドが再度口に出すことは無いし、ただのブラフでありそこまでの難詰なんきつの意は込められていない。一瞬、ほんの一瞬その脚を止めることさえできればそれで良かった。

 その一瞬の硬直をアイリスが見逃すはずが無く、マリスをロックオン。手を小銃の型で前に構えると、背後から幾つもの巨大な氷柱つららが先端をマリスに向けて顕現けんげん


「アイシクル・ジ・マグナム」


 もうすでに肌寒い空間を一層凍り付かせ、冷気を切り裂くように発射。

 その巨砲達の予想を超える速さと頭に血が上っていたせいか、マリスは防御も回避すらも間に合わず、ランドが滑り込んで2人を抱えて退避するのと同時、全弾打ち込まれ土煙が一帯を覆う。

 先の様子から、おそらくこの程度で死ぬはずはないだろうが、かなりの痛手は追わせたはずだ。

 煙が舞ったまま数十秒が経ち、未だにアクションを見せないマリス。さすがに死んでないだろうなと焦るランドだが、どうやらそれは杞憂に終わった。

 煙が霧散していくとマリスの姿はもうそこには無く、一拍遅れて一同は気づく。広間の壁に着地したマリスを。ピシッと着こなした上下白のズボンとYシャツは、血痕と土埃でグチョグチョ。所々に血を流しながらも、氷庭に脚を着かぬよう紙一重で瞬間移動したのだ。


「さすがだな。四姫災しきさいの1人、ノーゼント・アイリス。回避が少し遅れていたら危なかった。

 そこのゴミも大したものだ。我が主ゼーナ様を愚弄すれば、私が我を忘れる事も織り込み済みってわけだ。だが、おかげで頭が冷えた。お前らが私に傷を付けられるのは、今ので最後だ。…次は無い」


 もはや残りの2人のは後回しで、ランドとアイリスに照準を定めたマリス。先程とは明らかに雰囲気が変わり、本気モードと言ったところだ。

 しかしアイリスにとってそれはさほど大した事では無く、琴線に触れたのは『』という単語。


って何?私の正体を知っているなら、教えて」


 これから勃発するであろう激戦などそっちのけで、自分の正体について誰何すいかするアイリス。確かにマリスの口振りは、記憶を失くす前のアイリスを知っているように聞き取れた。


「?、そうか、お前は記憶を無くしているのか。悪いが、教える気はない。だが安心しろ。そこの男は確実に殺すが、お前だけは生かしてやる」


 それが、このアンダーシフトのボスであり、絶対の主であるゼーナの指令。


「なら、力ずくで聞き出す」


 正体は教えないというマリスに、アイリスも本気モード。

 ブワッと周囲に波紋が波打ち、氷にヒビが入るほどの圧迫感。貧弱なランドでも嫌と言うほど感じる、

 アイリスの〈ランクS〉に対しマリスは〈ランクA〉だが、所詮ランクなど男が付けた大まかな格付けであり、実際の戦闘では地形や状態や相性など、時と場合によって大きく左右される。正直、どちらが勝っても全くおかしくない。

 せめぎ合う、濃密なオーラ。相克する強者と強者の真っ向からのぶつかり合い。

 その緊張感の中、ランドはこれだけはとアイリスに耳打ちをした。


「殺しは、しないでくれ」


「……。難しい、注文」


 少しの間、白毛の少女は苦悶の表情を滲ませた。それほど強敵という事だ。

 そして刹那、まさに瞬間の移動。テレポートで跡形もなく姿を消したマリスに、アイリスは【氷妖の刺突刀アイスゼノ・アンティーク】。氷のレイピアを顕現し右手に構える。

 アイリスの右後ろへと姿を現したマリスは、竜胆りんどう色の髪を靡かせて拳を振り下ろす。しかし、アイリスも脅威の反応速度でレイピアを逆手に持ち防御。

 この攻撃は押し込めないと判断し、一度距離を取るマリス。と思いきやすぐさまテレポートし、揺さぶりをかけて四方八方全てから猛攻を仕掛ける。

 相手は文字通り『速さ』という概念を置き去りにし、コンマ何秒の世界で無限の領域を自由自在に移動できる怪物。どのように、何処から仕掛けて来るかもおおよそ見当がつかない状況下の中で、ランドはその光景に感嘆した。

 そんなチート攻撃を驚異的な動体視力と反射神経で傷一つ付けられず、また傷一つ付けずに対処するアイリス。それどころか少女の白色の髪が、冷たく光る蒼の瞳が尾を引くようにその熾烈しれつさを増し、逆にマリスを押している。

 まさに瞬間の攻防。何十回と撃ち合いが続き、散る火花が苛烈化する。1ミリの動きのミスが致命傷に繋がる混戦の中で、若干押されているのはマリスだが、まだ決定打には届いていない。

 するとそんな攻防に飽きたのか、はたまた決着の好機を捉えたのかアイリスは攻撃と攻撃の合間。その隙を狙って高く跳躍し、マリスの包囲網を抜けると両腕を天に掲げた。


千本せんぼん桜雪乱舞おうせつらんぶ


 凛として声音こわねに起因して、両の手を中心に渦状に吹き荒れる雪の桜。

 腕を前に振りかざすと同時、千本桜の雪群がアイリスの意思によって一斉にマリスへと迫る。

 瞬間移動で必死に躱そうとするが、その数とスピードはかなりのもので徐々に身体が捕えられていく。一枚ひとひら一枚ひとひらの威力はとても重く、強い。

 次第に動きが鈍くっていくマリスはついにテレポートの精度が落ち、氷庭上に膝を着いてしまった。

 衣服はボロボロで、全身傷だらけ。自然治癒も間に合わないほどの重傷。

 

 勝負は着いた。

 

 四つん這いになるマリスの華奢だがしっかりと引き締まった腕と脚を、氷が浸透していきやがて固着。そのまま先の2人のように全身へと浸透していくと、氷漬けで覆われた。これでもう、逃げる事は出来ない。


「ありがとう」


 完全に沈黙したマリス。至難ながらも自分の要求を達成してくれた事に、ランドは心から感謝した。


「ずいぶんと、景色が変わったものだな」


 …とそこで、広間の最奥。落ち着いた足音を鳴らし、毅然きぜんとっこちらに歩いてくる一つの影。

 括られたポニーテイルをゆらゆらと揺らし、身長180前後の銀箔の鎧を着込んだ屈強な体躯からは、周囲の空気を押し潰すかのような圧倒的な圧力が放たれている。

 1歩、1歩と足を前に出すたび、その重みがヒシヒシと伝わってくるのをランドは感じる。ハナとガーベラは怯え震え上がり、アイリスでさえも緊張で強張っている。

 もはやカメラを向けずとも、その人物が誰なのかハッキリと理解できた。


「地下神殿・アンダーシフトの支配者。ゼーナ・ゴルゴット…」


 無意識のうちに、ランドはそう呟いていた。

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