第10話3人の思い
アンダーシフトの大広間に、浸透していくキャシーの血。マリスは指先から血を垂らしながら、アイリスからターゲットを変え残り2人の
「どうしてですか?」
「私達が裏切ったからですか?マリス様!」
ゆっくりと接近してくるマリスに、
「………」
しかし返ってきたのは、どこまでも冷酷で辛辣な殺意のみ。2人の顔が絶望に染まる。
マリスの実力は、アイリスが言った通りかなりのものだ。たとえ相手が2人であっても、おそらく軍配はマリスに上がる。もとよりそれがわかっているのか、段々と近づいてくるマリスにガーベラとハナは後ろへたじろいでいく。
しかし、倒れたキャシーを見て、2人の表情は一変。恐怖はどうしようもない憤怒へと遷移していき、キャシーの仇を討つと迫るマリスに対し明確な敵意で迎え撃つ。
裏切りは言い訳できないものなるが、そんな事はもうどうでも良かった。
あのふざけた男の『友情』という言葉に、ハナやガーベラ、おそらくキャシーも暖かい居心地の良さを感じていたのだろう。
キャシーが居なくなって初めて、その大切さにやっと気づいた。
「やるよ、ガーベラ」
「うん!」
下等な
「ほう、お前ら如きが私に向かってくるか。逃げ怯えるを潰すのも良いが、自分の力を理解せず向かってくる馬鹿を潰すのも面白い」
刹那、先刻同様マリスの姿が目も追えぬ速度で消え、狙いを定めたのはガーベラ。その心臓目掛けて突きが放たれるが、ハナが身を挺しそれを間一髪で防御。
「グッ!」
しかし、マリスの一撃はやはり重く片腕が持っていかれる。
「ハナちゃん!」
「構わずやって!」
自分を守り傷付いたハナに当惑するガーベラだが、ハナの叫びで自らの役目を思い出す。
「イリュージョン・ミスト」
その隙を無駄にせずガーベラが吠えると、大量の淡い霧がランド達ごと周囲を覆い尽くす。
洞窟という広範囲ではなく広間という限られた範囲の凝縮された幻術は、たとえアイリス程の実力を持っていても掛かってしまう威力。この場にいる全員が霧に包まれ、幻に囚われる。
広間で4人が幻術に掛かっが、ガーベラが狙うはただ1人。
物理的な攻撃力を持たない幻術での戦闘で術を掛けた際の手段は、主に内か外かの二択。
濃い濃度を持つ幻術なら、本人が掛かった時点で勝手に自身のコンプレックスや嫌な部分に触れ、精神崩壊などで内側から自爆させる事も可能だが、あいにくガーベラにまだそこまでの力は無かった。
ならば取る戦法は一つ。外と言ってもその中でも幾つかに分岐するのだが、今最も効果的な幻を幻視させる。
「やはりお前は少々厄介だな、ガーベラ」
深く
やがて目の前の暗闇から現れたのは、変わらぬハナの姿。
途端、マリスにも追えないほどのスピードで肉薄。しかし尚も、マリスは動かない。そして一歩、ハナの事などまるで存在しないかのように徐に前へと歩き出した。
「えっ?」
広間で1人、幻術を操作していたたガーベラは瞠目する。
マリスは掛かっている。間違いなく幻術に掛かっているが、その異常なまでの精神力で幻の中でハナにボコボコにされながらも、前へと進んでいる。
その動揺が、命取りとなる。マリスの姿がスッと視界から消え、気づけば眼前に迫っていた。あっという間に首を掴まれ、身長さはほとんど無いはずが軽く持ち上げられる。
「カッッ!!」
「所詮はこの程度。お前達は束になっても勝てないんだよ」
首を絞められ、掛かっていた幻術が解かれていく。4人が意識を取り戻していき、マリスを除いて最初に状況を理解したのはアイリス。それにハナが続いて理解し、
「ガーベラーーーーッッ!!!!」
急いでガーベラの首に伸びているその腕に掴みかかろうとするが、
「遅い!」
マリスは一瞬の内に
瞬く間に2人の
ランドは、ただただ立ち尽くす。目の前には、見るも
「ふっ、やはり適当に
倒れた3人を冷たい視線で
瞬間移動というスピードを超越した能力に加え、マリス自身の
マリスがゆっくりと歩を進め、アイリスとランドが戦闘態勢に入った。その時…、
「ッッッ!!!???」
何も無いはずの空間から見えざる拳がマリスを襲い、側方の壁まで一直線に吹っ飛んだ。
「何だッ!?」
無防備だったとはいえ、頑強な
「何だ?何が、起こって…る?」
消える。と思いきや、バッと急激に覚醒。急いで辺りを見回すと、その光景にマリスは目を見開いた。
「何故、お前達が生きている?」
そこにはさきほどと変わらない広間に、自分が間違いなく殺したはずのガーベラとハナの姿があった。
冷静で沈着なマリスも、さすがに動揺を隠せない。一つだけ理解できるのは、さっきのパンチは何故か見えなくなっていたハナの一撃。
何故見えなくなっていた?まるで自分だけが別の世界戦を見ていたような。夢を見ていたかのような。
『夢』。そう、『夢』である。
そこでマリスは全てを察した。広間中央、かなりの発汗と流血。衰弱しているガーベラを思いきり睨み付け、憎しみの限りに叫んだ。
「ガーベラ、貴様ッッ!!!」
刹那、
「毎回毎回、不意を突く時の攻撃パターンが一緒なんだよ」
同じく
「何ッ!」
驚愕するマリス、しかしそれも当然だ。それこそ同じ瞬間移動でなければ、気づかれずに一瞬にしてマリスの背後に回るなど不可能。
ハナの能力は、直接触れた
ハナは力一杯拳を握ると、キャシーの形見である物理法則を完全に無視した体の骨や筋肉、皮膚や爪に至るまでの伸縮・膨張・硬化などを可能にする身体強化能力。その写力で、右腕前腕から指先までの筋肉を一気に膨張・硬化、そして旋回。
背後から迫るその圧倒的な威圧感と破壊力に、さしものマリスも身の毛がよだち一時撤退を余儀なくするが、
「逃がすかっ!」
しかし同じ瞬間移動でハナはマリスを猛追。完全に虚を衝き、キャシーの思いを乗せた最大の一撃を叩き込む。
「これが、キャシーの仇だーーーっっっ!!!」
そのまま床に叩き付け、強力な右回転が広間の床を破壊していく。
やがてハナの右腕は元のサイズまで収縮し、マリスは地面に陥没したまま動かなくなった。生死は不明だ。
倒れ伏すマリスをハナは見下ろしながら、聞いてるか否か分からないが独りでに吐き捨てるように言った。
「アンタはウチらの事を単なる働きアリとしか見ていなかったから、ウチらの能力もろくに周知してなかった。それがアンタの敗因だ、駄犬」
最後に一瞥し、疲れ切ったガーベラのもとへ駆け寄る。
「………、確かにそうだな。私は少し侮り過ぎていたのかもしれない」
その最中、ハナが造った小規模のクレーターから顔を覗かせた、大量に出血し骨も全身バキバキで致命傷のマリス。
しかしこの
「まさかお前達程度にこの私が一杯食わされるとは、蟻も100匹集まれば像をも倒すか。勉強になったよ」
元来男にはある程度の自然治癒という能力があるが、当然
「嘘でしょ…」
完璧に叩きのめしたはずが、マリスの不屈の体にハナも思わず嘆きの声が漏れた。すぐに追撃をかけようとして、しかしマリスとは反対方向、へたり込むガーベラの姿を見て思い留まる。
「そうだな。お前には今、何としても守らなきゃいけないものがあるよな。足手まとい1人を守りながら、この私と戦えるか?戦えないよなあ?
中々良い作戦だったが、お前達の敗因はこの私から幻術を解いてしまった事だ」
それは全くもって、全てマリスの言う通りだった。ハナとマリスの実力には歴然の差があり、1対1では身体強化があったとしても完敗。ましてやガーベラを守りながらなど、10秒も保たないだろう。
一番の勝機は、本人が言うようにマリスを永遠と幻影の中で
その
賭けではあったが辛うじて掛かったマリスに、その僅かな隙にハナが写力を完了。キャシーの身体強化能力とマリスの瞬間移動を持ってして、相手が油断しきった初手で片を付ける戦法だった。
上手くいったように見えたが、結局作戦は失敗。非力だったが故に、『仲間』を守ることもできず3人は揃って敗北を期す事になる。
このままでは3人とも殺され、マリスと身を削り合うという最悪のシチュエーション。そうなる前に何とかして、殺すのでは無く無力化する必要がある。そのタイミングとしては打って付けの時に、ついにあの男が口を開く。
「アイリス、ハナとガーベラを助けられるか?」
「…人使い、荒い」
そう言いながらも、アイリスの顔は心なしか待ってましたとやる気だった。両の手に純白のオーラを纏し勢いよく床に被せると、
「
文字通り広間の床を一面、真っ白な氷の庭へと染め上げてた。
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