第9話思い上がり

 数いる男史上1人しか到達できず、存在すらも胡乱うろんだった幻の地を、ランドは今目の当たりにしていた。

 数百をもあるフェイクの抜け穴に、洞窟内を無限ループさせられる幻術。蓋を開けてみれば、男達が長い間到達できないのも肯けるほど厳重すぎる場所だ。

 様々な運が重なって、ランドは今此処に立てている。多少のアクシデントはあったが、逆に良いトラブルもあった。

 カリム達は今どうしているだろうか、もう諦めて帰っただろうかと思案してランドは考えるのを止める。


(もう、…関係の無い事だ)


 パーティーは解散。今は一刻も早く地上に出るという、自分達の目的に専念する事にした。


「計画、通り」


 その横、申し訳程度しかない胸を最大限張り、やってやったという表情をする少女。確かに、十分にドヤ顔できる功績だ。


「もういいだろ?地下神殿には案内した、私達を解放しろ」


 とそこで、言われた通り要求は呑んだと、今度はキャシーから解放しろと逆に要求。しかし、まだ終わりでは無い。


「ダメ。あと一つ、此処アンダーシフトのボスの居場所と、その情報を教えてもらう」


「は?ふざけねんな!アンダーシフトの在り処を教えただけでも何らかの罰は免れないのに、その上ボスの情報まで渡したら私達は確実に殺される」


 意外にも用心深く周到なアイリスに、キャシーは必死の形相でそれを拒否した。最初3人を捕縛してランドは当然、ここから外へのルートや洞窟内全体の地図がないかを訊いた。

 しかしやはり、フィンリンが言っていたようにアマには縦の主従しか存在せず、アンダーシフトのボスは3人のアマに洞窟の全体像を教えず、ただ侵入者からこの地下神殿を護れとしか命令していなかった。

 彼女達は此処のボスの従者だ。それ故、もうすでに地下神殿まで案内してしまった事が重罪。さらにボスまで売ってしまったら、それはほぼ死を表すのは道理。だから…、


「別に、ボスの詳細な情報までは渡さなくて良い。ただ居場所だけでも教えてくれ」


 ランドはそこまではしなくていいが、代わりに最低限の情報だけでもという妥協案を提示。

 どうせ直接女図鑑を当てれば詳しい点も分かるのだからまずは場所だと、間接的に命を救ったように見せかけてこちらもかなり良い性格をしていた。

 アイリスは珍しく少し不服そうな顔をするが、すぐに諦めて3人にジト目で不のオーラをチラつかせる。

 これが、アマ達の命を配慮した妥協案。もはや拒否権は無かった。


「チッ。分かったよ」


 やたら様になる舌打ちをしたのち、キャシーは独りでに進み出した。



「ねえ、私達本当にこんな事してタダで済むのかな?」


 


 神殿アンダーシフトまでの道のりを歩き始めて数分、永遠と下に繋がる螺旋階段を降りながら、ひ弱そうな足取りのガーベラが先頭を歩くキャシーに問う。その表情はとても不安そうで、今にも泣き出しそうだ。


「まあ、タダでは済まねえだろうな」


 それに対し、キャシーは包み隠す事なく厳しい現実を突き付ける。


「ひえぇぇぇ~~~~」


「大丈夫。ガーベラは、キャシーとウチで守るよ」


 呻きながら縋り付くガーベラに、3人の内の最後の1人〈ハナ〉が優しく声を掛ける。

 ロープに束縛されながらも3人で身を寄せ合って歩き、キャシーも少し鬱陶しそうな顔をしているが、心の底から嫌そうでは無かった。

 そんな光景を眼前がんぜんに拝んで、ランドは不思議な感慨に浸る。さきほどアマの世界には、縦の繋がりはあっても横の繋がりは絶対に無いと言ったが、今目の前にあるは間違いなく横の『絆』だとランドは感じた。


「3人は、古くからの友達なのか?」


 そして気づけば1人で舞い上がり、自然と話し掛けてしまっていた。


「アーッ?、話し掛けんなゴミgッ……!!」


 すると凄まじい剣幕でランドを怒鳴ろうとするキャシーだったが、その後方…。それを遥かに上回る剣幕が、自分を思いきり睥睨へいげいしている事に気づき言葉を止めた。

 その圧は、恐れ多い我がアンダーシフトのボスと同等のものだった。


「ま、まあ。ここに来てコキ使われるようになってからは、割と喋るようにはなったかな」


 アイリスに気圧され普通に答えてしまった事に落ち込むキャシーに、ランドはそんな事も露知らず会話が成立したことに感動しさらに話を続ける。


「やっぱりアマの中にも、友情って言うものはまだ存在するんだ。そうだろ?」


「………知らねえよ」


 たっぷりと溜めて、キャシーはしわがれた小さな声で呟いた。それがこの関係を『友達』だと肯定して良いのか否か、その狭間で迷っている声量だという事はランドにも分かった。……だからか、


「大丈夫。俺達が此処のボスと話し合って、横の繋がりになれるよう説得する」


「…は?」


 だからこそか、カリム達の時同様、またしても余計な事を言ってしまった。


「アンタが、ウチ達を救うってこと?無力で滑稽なゴミがそんな事出来るわけないでしょっ!」


 立ち止まり、振り返って激昂したのはハナだった。そのままランドに近づいていき、同じく前に出ようとしたアイリスを、しかしランドは手で制す。


「あの方の恐ろしさは、ウチ達がよく知ってる。アンタがどうやってその女を丸め込んだのかは知らないけど、男程度が思い上がらないで!」


 凄まじい敵意に、それと同じくらいの雑言ぞうごんを浴びせる。


「いいや、大きな夢や目標を成し遂げるには、多少の思い上がりがないと達成できない。

 だから、俺は思い上がる。たとえ無力でも、滑稽でも、俺は君達を救いたいと思ってる」


 正対するアマに目を逸らさず、ありのままの本心を語るランド。


「…っ!だったら、ウチ達を救いたいっていうなら、今すぐこんな事辞めさせてよ。この洞窟から抜け出させて、あのお方の手の届かない場所まで逃してよ!それができないなら…、気軽に救うなんて言わないで」


「…ハナ」「ハナちゃん…」


 怒りは徐々に嘆きになり、今まで吐き出されず積もっていたおりが一気にランドに向かって吐き捨てられた。

 しかしランドには、やはり今すぐ3人を洞窟から脱出させ遠くへ逃がせる力など無い。ただ一つ、この神殿アンダーシフトのボスと話し合う意外には。


「悪いが、それはできない。さっきとは少し状況が変わってね、ここのボスと話し合うには君達の声も必要みたいだ」


「「「………」」」


 今度は3人とも何も言わず、重い足取りのまま歩みを再開したのだった。


 やがて階段は終わりを迎え、到達したのは第2階層。

 巨大な円に満遍なく水が張られており、一般的には泳いでこの先を渡れという事だろう。しかしこれも、例によってその水深が分からない。

 アマならあるいわ泳ぎきれるかもしれないが、通常の肺しか持たぬランドには一度潜ったら息継ぎ不能なので溺死しかねない。

 安易に潜る事ができずどうするかと考えていると、


「まかせて」


 と3人より前に出るアイリス。その水面に手を翳すと瞬間、大量の水が一瞬にして真っ白な氷へと変わった。

 バリンッと砕け散り、次いで氷で形成した階段の続きを何事も無かったかのように進んでいく。

 やはり〈ランクS〉は伊達じゃないとアマ3人は慄然りつぜんとし、ランドは感嘆する。


 そのままノンストップで進んでいき、ようやく辿り着く穴の底。右手側からは、粘っこく絡み付くような禍々しいオーラ。壁面が一部凹んでおり、どうやらそこが入り口のようだ。

 遺跡の時よりも、段々と重くなっていく空気。この先に間違いなく、地下神殿ここの覇者が居る事を明示させていた。5人は神妙な面持ちで、それぞれ順番に入っていく。

 黒曜石のような石造りの廊下を少し歩くとやはりと言ったところか、侵入者防止のための暗証ロックの開閉扉が目の前に立ちはだかる。

 黒い正方形の板に、9等分にはめ込まれたこれまた真っ黒のピース。それぞれ四方に4回転する事ができ、その9枚全てが正位置になった時システムは解除される。

 ランドは3人の顔を見て、揃って首を横に振るキャシー、ガーベラ、ハナ。どうやら、解除方法は教えられてないらしい。

 するとまたしても、女神の降臨。

 さっきと同じ要領で板に手を翳すと、白氷へと変化→強制氷壊。

 まさにこの魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする女照アマテラスで最強と思わせるような、もはやランドは崇めてすらいた。


 正攻法で無い方法で開いた扉の向こうは、またもや下り階段だったが、先程とは明らかに違う。

 気を抜けば、後方へ吹っ飛ばされそうなあり得ないほどの重圧。

 そして、一同はその大広間へと足を踏み入れた。

 縦も横も、奥行きさえも端が見えぬだだっ広い空間。太い円柱が一定間隔に羅列する、広大な地下神殿だ。

 なんとも言えぬおぞましさに緊張が走り、全身に力が入る。

 気を引き締めて一歩前に進むのと同時…、何処からとも無くその人影は姿を現した。


「マリス、……様」


 すると知り合いなのか、そのアマを視認した3人の内の1人が、恐怖で声を震わせながらその名を呼ぶ。

 マリスと呼ばれたアマは3人のアマを順に見ると、竜胆りんどう色のショートヘアーを揺らしながら薄く微笑む。

 「もう、大丈夫だ」となだめるように諭す笑顔に、てっきりペナルティーを受けると思っていた3人は安心し、安堵の息を吐いた。

 ……が、次の瞬間。突如としてキャシーの正面にしたマリスは、

 ズチャッ。

 と、胸部目掛けて一閃。そして、


「ゼーナ様はしっかりと、お前らを殺せと命じて下さった」


 さきほどの笑みをこれ以上ないほどに歪ませ、キャシーの胸に手を陥没させた。

 深々と突き刺さった手は、そのまま何の躊躇ためらいもなく心臓を一握り。刹那、奇怪な音と溢れんばかりの血が吹き出す。

 キャシーの瞳は光を失い力なく崩れ落ちていく中、ガーベラとハナは愕然と、アイリスの表情は鋭利に、そしてランドは思いきり瞠目して咆哮した。


「キャシィィィーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」


 目の前でアマが1人殺され、急いで治療に向かおうとするランド。しかしその腕を、直前でアイリスが掴んだ。


「何すんだっ!?」


 今まで見せたことの無い険相で、アイリスを睨むランド。しかし当のアイリスに、その問いに答えている余裕は無かった。


「アイス・ウェーブ」


 ランドが振り返るのと同時、またしても瞬間移動で一瞬のうちにランドの背後に肉薄するマリス。それに間一髪反応し、氷の波を展開。

 前後それぞれマリスに襲いかかる波濤はとうと、前方に攻撃を仕掛けながら後方に逃れるための緩やかな波が発生し、ランドと共にマリスから距離をとる。

 目が回るような一瞬の攻防に、全く追い付けなかったランド。怒りも忘れ呆然とする彼にアイリスは一言、


「気をつけて。彼女は、強い!」


 マリスから目を離さず、淡泊たんぱくに忠告した。   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る