第8話地下神殿・【アンダーシフト】

 ランドが助けた、洞窟の奥深くの監禁部屋たる場所に眠っていたこのノーゼント・アイリスという名の少女は、言語や物などの世界に対する知識そのものを失くしたわけでは無く、自分の名前や置かれている状況、要するに自身を起点とするその周りの事柄を丸っ切り失くしてしまったパターンだ。

 そこから考えるに、記憶喪失の重症性は『中』ほど。

 探りながらにはなるものの、ギリギリ意思疎通ができる範囲だった。



「…ランド、疲れた」


 その言葉を最後に、アイリスは落ちていく木の葉のようにゆるやかに倒れていく。

 ランドがアイリスを守ると宣言して、行動を共にすること早2時間。ランド達は現在、アマが蔓延る世界・【女照アマテラス】の地下神殿へ通ずる洞窟。その超難関迷路を永遠に彷徨っていた。


「また、この道」


「おおおおおおおぉぉおぉぉぉぉお~~~~~~」


 先の無限ループの道をフィンリンのおかげで脱せたものの、またもそのルートに入ってしまったようだ。こんなんだったら、フィンリンにカラクリを教えて貰っていれば良かったと悔やむランド。

 何度目かの見慣れた道に差し掛かった時、アイリスの容赦無い一言でランドはとうとう頭を抱えて悲痛の叫びを上げた。

 アイリスに『君を守る』と大見得を切ったものの、具体的にどうすれば良いか分からなかったランド。ただ現状で、何よりも最優先にやならければならない事が一つある。それが、この洞窟から抜け出す事。まずそれをクリアしなけれべば、何も始まらなかった。

 しかし現在自分達の位置が分からず、何処に向かえばいいかさえ分からない。情報が圧倒的に少なく、分からない事だらけだ。

 どうするか考えランドが出した結論は、あくまで推測だが地下神殿の関係者がアイリスを監禁したなら、そもそも地下神殿の通路である洞窟入り口付近に監禁部屋を作るのは考えにくい。という事。

 つまり現在地は、おそらく洞窟入り口と地下神殿を1本の線で繋いだ時、半分かそれ以上の位置。

 となれば目指す場所は一つ。未だ存在するか否かも分からぬ、まだ見ぬ幻の地・地下神殿。

 そこに、脱出する手立てがある事を信じて…。

 と息巻いて出発したはずが、結果は永遠と同じ道を歩かされこの有様である。マーキングも付けしっかりと道をメモしているランドだが、どの道を行っても必ず同じ所に戻されてしまう。完全にカリム達の時と同じパターンだ。

 募る不安と焦燥。十中八九地下神殿を守るアマの仕業だが、このカラクリを見抜く事ができない。こんなんで少女を守れるのかと、ランドの顔には渋面が滲む。


 すると突然、すぐ隣の壁が音を立てて豪快に崩れ、そこから三人のアマが顔を出した。お互い目があった途端、寸暇すんかの暇も与えずこれがオーソドックスである一目散の攻撃。

 

 (あっ…)

 

 当然、ランドがその攻撃に反応できるはずも無く。アマを目の前に走馬灯のようにゆっくりになる視界の中で、ランドは心中で間抜けな声を出しながら最後を迎えようとする。

 …がその最後は、突如として目の前に顕現した純白の壁によって回避された。

 鏡のようにランド自身を写す光沢に、透き通るような透明感と冷気。

 一拍遅れて身体が追いつき尻餅を突いたランドは、さきほど自分が守ると決めた少女の先刻とは明らかに違うたくましい後ろ姿に目見とれてしまった。

 これが、アマの力なのだと。こんないたいけな少女でも、自分より背が高く筋肉質な男の数百倍は強い。

 守るなんて、おこがましい。

 自分こそ守られるべき存在だと、アイリスが3人のアマ達をいとも容易く倒していく中、ランドは自分の弱さに苦笑するしか無かった。


「ランド、もしかして、弱い?」


 自身への哀憐に浸るランドに、あっという間にアマ達を倒したアイリスが顔を覗かせて聞いてくる。


「ち、違うよ。俺は争いが嫌いなんだ」


「そう、なの」


 サッと距離を取り目を逸らし(泳がせながら)言い訳するランドに、相変わらずのポーカーフェイスで納得するアイリス。かと思いきや、そのキュートな顔をニヤッと微笑ませ、急な話の転換。


「そんなことより、良い事を思い付いた」


 そう言いながら徐に、今倒した3人のアマに向き直った。



「…さて、大人しく、こちらの指示に、従ってもらおう」


 手の平をパンパンと叩きながら、胸を張って強く見せるようなポーズ(表情はポーカーフェイス)。その姿がとても愛らしいと、ランドは密かに思う。

 アイリスに撃退された3人は、ランド所有のロープによって身動きができぬよう縛り付けられていた。別にアマを縛るために持ってきたのでは無いのだが、丁度良いのがこれしかなかったのだ。

 アイリスが何を要求するのかは分からないが、3人のアマはムスッとした表情で素直に言う事を従うとは思えない。

 

「私達をどうするつもり?」


 そんな中、3人を代表して勝気でつり目、ギャルのような見た目のアマがアイリスを睨め付けながら問う。

 図鑑でコッソリ見ると、名前は『キャシー』。


「別に、大した事ではない。まず、その幻術を解いて欲しい」


「…ッ!」


 アイリスがそう口にすると、キャシーに隠れていたもう1人アマがビクッと肩を震わす。ランドには何がなんだか追いついていない様子だが、アイリスは見破っていた。

 【幻術】。幻を見せる力。

 つまり今までの無限ループの道は、この幻術によって全て違う道に進んでいたと錯覚させられていたにすぎず、実際は30メートル程度の間隔で行っては戻って、行っては戻ってをずっと繰り返していただけという事だ。


 そして、洞窟を進めなくさせるなんてそんな回りくどい事をやる理由は一つしかない。すなわち、地下神殿に入らせぬようにする門番の役割を示す。

 アイリスに指されたアマ『ガーベラ』は、一瞬歯痒そうな表情を作ったがすぐに肩を落とした。大人しく幻術を解除したが、そのビフォーとアフターに差は全く無く、ランドは完全に置いてきぼりだ。

 ランドとは違い解除の確認をしたアイリスは、次いで二つ目の要求をする。


「私達を、地下神殿まで案内してもらう」


 先程よりやや強い口調、こちらがアイリスが思い付いた良い事だ。この状況と立場、3人のアマ達に拒否権は無い。

 言われるがまま、3人はランド達を地下神殿まで案内するのだった。


「なあアイリス、また幻術をかけられたら対処法はあるのか?」


 前を歩いている3人、その後ろでまだ反抗する可能性を考慮しているランドは、聞こえぬようアイリスに耳打ちした。


「大丈夫。さっきは目覚めてすぐだったから、少し時間が掛かったけど、本来あのクラスの幻術は、私には通じない。向こうも、私の効果が薄れているのに気づいたから、襲ってきたんだと思う」


 同じく顔を近づけ至近距離で言うアイリスに心臓を跳ねらせるランドだが、今はそれどころでは無いと自制しなるほどと納得する。それと2時間が少しなのかは、人それぞれの尺度があるので突っ込まないことにした。


 静寂に包まれる洞窟の一角を、コツコツと5人分の足音が響く。先頭を歩く3人のアマの視界に、長く暗かった洞窟の終わりを告げる光明こうみょうが差し、進んでいくごとにその光はデカさを増していく。それを目にしたランドとアイリスの歩調は軽く、対照的に3人は重くなっていった。


「…すげぇ」


 勢いよく洞窟を抜けたそこは、神秘的な雰囲気を醸し出す古代ローマ遺跡のような跡地。

 その煌々と輝く、世界遺産にも引けを取らない情景を目の当たりにし、ランドは思わず感嘆の声が漏れた。

 粒子をも照らさんとする神聖な暖色が一帯を満遍なくともしており、天井中央付近にあるその光源の正体は分からない。

 周りはレンガブロックのような岩壁に囲まれており、ドアサイズに区切られてた楕円形の穴が四方八方、アリの巣のように空いている。ランド達が今し方顔覗かせたのは、その中一つの地面に直結した一番低い出入り口だ。

 一見出入り口が多くどこからでも行けると思えるが、この空間の天井は軽く80メートルを超えている。もし天井付近の穴から出たら、アマはともかく男は引き返すしか無いだろう。

 遺跡がそびえ立つ広大な円形の中央には、ポッカリと巨大な『穴』が空いている。

 覗けば底が見えず、外縁に設けられた螺旋階段のみが永遠と伸びている。

 アイリス、そしてランドも直感的に感じた。この下にあるのが、


 地下神殿・【アンダーシフト】。


 幻と謳われた建造物は、本当に存在した。


   ************************************


「………戻ったか、マリス」


 地下神殿【アンダーシフト】最奥の部屋。

 ガッチリとした鎧を着こなし強靭な肉体を誇るそのアマは、玉座の前で仁王立ちをしながら10メートルほど前方に現れたアマ向けて言う。


「はい」


 膝を折り曲げ平伏しながら、マリスと呼ばれたアマは返事をする。続けて、


ゴミを3人始末し、現在残っているのは男1人と監禁部屋から解放されたです。見張り役だったアマ3人を案内役として、ただいまこちらに向かっております。

 あと洞窟内に、死に損ないの老婆が1匹と餓鬼ガキが1匹紛れ込んでいますが、そちらの方は無視で問題ないでしょう」


 現在アンダーシフト、洞窟内の状況報告を終えると、マリスは手に持っていた三つのを玉座の方へと差し出す。グチャッと音を立てたソレは、紛れもなくダン、カリム、クロットの3人分の生首だった。

 屈強なアマはソレを一瞥すると、興味なさげにドスっと玉座に腰を下ろす。


「ご苦労。引き続き、このアンダーシフトへの侵入者、裏切り者は全員殺せ。………以外はな」


「承知しました。ゼーナ様」


 そう言ってマリスは、現れた時同様身体を一寸も動かす事なく、その場から一瞬にして消え去った。

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