第7話一目惚れ

「こっち来んな」「邪魔だよ!」


 ガッと肩口を押され、ランドは後ろへ尻餅をつく。ボールを片手に急いそと駆けていく少年たちを眺めながら、一人校庭の隅で膝を抱えて座った。

 物心ついた時からすでに祖父:クレイド・ランドから昔の世界の事を教えられていたランドは、幼稚園年長の頃にはすでに女に復讐心など無く、その所為せいで他の園児・先生からも距離を置かれていた。

 小学校に上がるとそれは勢いを増し、ランドが虐められているのは一目瞭然。それどころか教師陣からも相手にされず、本当の孤独だった。毎日毎日女がどういう生き物なのかを語り、殺せと諭す。(クレイドも含めて)この国の誰も昔の『女』に会ったことも、見たこともない。

 その筈が、代々受け継がれて来た踏襲とうしゅうだと勝手に決めつけ、分かり合おうともせず、争い殺し合う。

 女側の思考は少し違っているかもしれないが、根本的なところは男と変わらない。

 男は見つけ次第殺す。

 そんなゴキブリと同じようなメカニズムだった。


 中学生になっても相変わらずのランドは、もはや虐めを通り越して『いない存在』として扱われることとなった。班決めやグループ行動、剰えクラス・全校生徒の人数にさえ入っていない。卒業式も当然1人だけ呼ばれず、証書も用意はされていない。しかも、これが学校単位なので達が悪い。中学生の生半可なソレとは訳が違い、徹底した空気扱いだった。

 それでもランドは、祖父であるクレイドを恨んだことは無いし、女への興味が削がれたこともただの一度も無い。教室の窓際、一番後ろの席で1人、ランドは空を仰ぐ。

 男だけのこの教室は、普段通りの変わらない光景のはずなのに、なんだかとても寂しいと感じた。

 

 中学を卒業してからは地元を離れ、南エリアの都会にある男狩人メンター育成学校【ブレイブメン男子学院】に入学。都会の方では異端者・ランドの噂はまだ広まっておらず、最初こそ変な目で見られる程度だったが、それも時間の問題で結果は同じだった。

 学院内で完全に孤立し、祖父同様にダンディグラム全体にその悪名を轟かせる。それでもランド異常者の『男女共存』の思想は変わらず、さらに拍車を掛けたのが1年生になって数ヶ月経った頃の、建国以来前代未聞のあの事件。あれが、ランドの人生を大きく動かした。


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 暖かい温もりがランドの身体を包み込む。

 ランドは感じたことないが、母親に抱っこされる感覚に似ているだろう。

 意識を取り戻し目を覚ますと、鼻に甘い良い香りが漂ってきた。霞んでいた視界がだんだん回復していき、やがてピントが合うとそこには、先ほどと変わらぬ暗闇。身体には上着が1枚掛けられており(甘い匂いの正体)、少し離れた所にフィンリンが腰を下ろしていた。

 ランドがスッと身体を起こすと、フィンリンもそれに気づいたようだ。


「まさか男に助けられるなんてね。…ま、これで借りは返したから」


 端的にそう言って立ち上がる。傷の方は大丈夫かと心配するランドだが、不思議なことに刺された腹も、撃たれた腿の傷もキレイさっぱり治っていた。ついでに自分の傷も。

 次いで、ランドは辺りを見渡す。景色は質素で寂し気な洞窟内で変わりは無いが、一つだけ変わった点。マーキングされていた何百本の線が見当たらない。どうやら此処は、ランド達が目指していたらしい。

 とそこで、ランドは先刻のフィンリンの発言の意図に気づく。結果的にランドに助けたかどうかは微妙なところだが、危機的状況で庇ったのは事実だ。その借りを返すため、フィンリンは死ぬほど嫌いな男を助けた。


「でも、どうやって?」


 その『どうやって?』があの無限ループの道をどうやって抜けたか、致命傷だった腹の傷を治したかという質問かは言わずとも知れた。


「別にアンタに教える義理はないけど、あのカラクリを理解したのと、私は少し治癒能力が使えるってだけ」


 あくまで素っ気なく、嫌な顔をしながら外方を向きフィンリンは答えた。


「ありがとう」


「ッ……」


 ランドからの感謝を受け、バツが悪そうにそのまま立ち去ろうとするフィンリン。だが、


「待って」


 尚のランドの呼び止めに、苛立ちげに足を止める。


「何?」


「これからどうするんだ?」


 フィンリンはその問いにすぐには答えず、数瞬頭を巡らせる。

 女を憎み、殺したいと思っている男。男を超越し、関わる価値無しと見下す女。出会い顔を合わせたならば、交わされるのは拳か刃。しかしこの男は、ちゃんとした『会話』をしようといている。自分を助けた事といい明らかに異常だ。

 お前には関係ないと突っぱねる事もできたが、好奇心かフィンリンは再度腰を下ろし、気づけばキャッチボールをしていた。


「ここに来たのは目的があったんだけど、…やめた。さっきの連中もそうだけど、私はまだ力が足りない」


「誰かと、戦うのが目的?」


 フィンリンの口振りは、そういう風に聞き取れた。


「そう、ね」


 やはりと、ランドは胸が苦しくなる。やはり、この世界は争いが絶えない。男と女の溝も深いが、それと同じかはたまたそれ以上に女同士の溝も深い。フィンリンは続けて喋る。


「女だって、別に仲が良い訳じゃないわ。よくある話でしょ?強い力を手にした者が、他を淘汰し支配しようとする。自分こそが最強だと、一番だと思いたくなるのは道理。今の女の世界はそんな感じ。最強になった女達のさらに頂点に立つため、毎日血で血を争ってるわ」


 それは、学院でも聞かされた事がある。女の中の頂点に立つという事は、この世界の頂点に立つのと同義。男達とは違い各々自由奔放に生きる女は、それぞれの勢力で争っていると。


「女同士でも、争わなきゃいけないのか」


「むしろそっちの方が普通ね。あんなにキレイに負けた私が言うのもなんだけど、男なんて戦うにも値しない非力な生物よ。視認すらされない微生物と一緒。

 今のこの世界、敵は間違いなく同じ。弱い者は強い者に支配され、死ぬまで…今の女なら何千と一生そいつの下で駒として扱われる。縦の繋がりはあったとしても、横の繋がりなんて皆無よ。そういう面では、結束して一つになっている男の方が、もしかしたら優勢なのかもしれないわね」


 洞窟の壁に寄り掛かりながら、どこか寂しそうに瞳を滲ませるフィンリン。

 しかし、分かっている。その団結力を持っていたとしても埋まらない、圧倒的なまでの数と力の差。女達の連携や統率がバラバラでも、男など一瞬で肉塊と化すだろう。

 暫くしフィンリンはスッと立ち上がると、おしりをはたく。


「でも、私はそんな弱肉強食の世界嫌いじゃない。誰かの下になんか付かないで、自分の力で頂点に立って見せる。

 …無駄話はここまで、私はもう行くわ」


 半ば独り言のように呟くと、そのままランドの方を振り向くことなく、1人洞窟の暗闇へと消えていった。 


 

 それからどれくらいが経っただろうか、遅れてランドも起き上がると現状把握のため辺りを見回す。

 現在地が何処なのかは分からないが、無限ループの道から外れた事は間違い無い。上層部と同じ高さ3メートルほどの半円形に象られた空間。認識できるのはそれだけで、他には何もない。群青色の壁が、後ろにも前にも一生続いている。

 予備の懐中電灯で視界は多少緩和されたが、ランドは戦闘力皆無な上に唯一の武器であるショートソードを先程の戦闘で失くしてしまった。

 しかし突っ立っていてもどうしようもないので、とりあえず前方へと歩き出す。慎重な足音はトントンと静かな洞窟内に響き、やがて眼前には別れ道が現れた。


(どっちだ?)


 ランドは懸命に考える。何故か、彼の本能が訴えているのだ。

 ここは大事な分岐点。この先の選択で、自身の運命が大きく変わる。重要なターニングポイントなのだと。

 悩んだ末ランドは右の道、さっきの道より幅が半分以下の細道へ入っていく。理由は無い、ただこれも本能に任せた選択だった。

 

 軽い傾斜の下り坂を下っていき、道が平坦になったところで一つの扉がそこに佇んでいた。明らかに怪しい、漆黒にデザインされた大きな扉。

 扉一枚隔てたその向こう側からは張り詰めた冷気が溢れ出ており、真冬の洞窟内をさらに凍てつかせる。しかしランドに引き返す選択肢は無い。施錠されていない扉の両側に、両の手をしっかり据え力の限りにこじ開けた。

 扉の向こうは広さ直径20メートルほどの円形に、高さは途中で闇に遮られるほど高すぎて分からない。少し奇妙な妖艶ようえんさを漂わせ、洞窟と同じダークブルーを基調としているが、岩や土とは少し材質が違う壁。

 鉄に似た質感に、凸凹でこぼこではなくキレイな平滑。そして壁・地面共に何の装飾もされてなければ、物の『も』の字も見当たらない。そう……ただ一つを除いては。


 窓など一つも無く、照明となるのはランドが手に持つ懐中電灯のみ。そんな中、この空間をハッキリ見渡せるのは部屋の中心。

 異常なくらいに可憐な光彩を放つ少女が一人、終わりの見えない天井から垂れ下がっている鎖に自由を奪われていた。

 その姿はとても風雅ふうがで、気づけばランドはここが女照アマテラスである事も忘れ、全てがどうでも良くなるほどの魅力を充溢じゅういつさせる少女に見入っていた。


 だった。


 …たっぷり数分間、彼女に見惚れていたランドはハッと我に帰ると急いでリュックから女図鑑を取り出し、恐る恐るそのカメラを彼女に向ける。

 カメラのレンズが少女を捉え画面に映し出されたのは、『ランクS』のページ。

 ランドは、全身に鳥肌が立つのを感じた。見間違えるはずがない。肩口を微かに撫でた、透き通るような雪色の髪。非の打ちどころがないほど整った相好に、髪同様真っ白な身体を包む純白のミニスカドレス。そして、。画面越しで見るより、何倍も美しく魅力的だ。

 気づけばランドは走り出し、その鎖に手を伸ばしていた。もっと近くで見たい想いと、この少女をこんな汚い鎖で縛っているのが忍びない想いからだった。

 鎖はかなり古く弱っており、なんとか手で千切れそうだ。上から少しずつ首、両手、右足、左足と鎖を外していく。

 やがて鎖から解放され、力なく崩れる少女。慌ててランドが抱き寄せると丁度そこで、鎖が意識を封印していたかのようにタイミングよく目を覚ます。


「誰?」


 有無を言わさず殺されると思ったが、反応は予想外だった。

 目を擦りながら、上目遣いで尋ねる少女。その仕草、表情、一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそく全てが悩殺的で目が離せず、ランドは質問に答える事なく凝視する。

 それは男が女に、女が男に対して何百年も前に消した感情であり気持ち。

 『』である。

 女図鑑で彼女を見た時から胸が昂まる時があったが、目の前にしてそれは増幅し、心臓の鼓動は加速する。

 これが恋と理解できず、訳が分からぬままランドが顔をほてらせる中、少女は相も変わらず不思議そうに首を傾げて再度尋ねる。


「此処、どこ?」


 少女の二度目の質問。その様子から、さすがにランドも彼女の異変に気づく。


「君、何も覚えてないの?」


 通常目覚めて最初に目の前に男が立っていれば、警戒し臨戦態勢を取るのが普通だろう。しかし少女は、警戒どころか疑う事もしない。無防備の塊だった。

 数瞬考えたのち、少女はコクっと頷く。さらに…、


「私は、誰?」


 と、少女は言う。完全に『記憶喪失』というやつだ。

 ランドは一瞬、ほんの一瞬何らかの策略により嘘を付いている可能性も考えたが、すぐに被りを振りその思考を消す。

 男と女の共存では、まず信じ合うことが大切であるとランドは考えていた。そのためには自分が誰よりも深く強く、女を信じんなければならない。という理屈もそうだが、今回に至ってはソレだけでは無い。

 この美貌の前では、もはや嘘を付いているか付いていないかなんてどうでもいい。騙されて殺されても構わないと、そう思わせる程にランドはこの少女に惚れていた。

 自分が、バカなことを考えているのは重々承知だ。しかし、それを本気にさせてしまう魅力が、彼女にはあった。

 とそんな事を考えていたランドは不意に、少女に見つめられている事に気がつく。


「どうして此処にいるかも、捕まっていたのかも分からないと?」


 急激に赤面する顔を誤魔化すように、ランドが再度質問し、少女も再びコクっと頷く。そこまで聞き、ランドは周りを見渡して頭を捻る。


(記憶喪失に、鎖での拘束。そして、この部屋…)


 これだけの状況証拠が揃っていれば、誰でも状況を推理できる。

 つまりこれは、この少女を狙った何者かの仕業。何が目的かは不明だが、少女を記憶喪失にしこの部屋に監禁した。おそらく黒幕は、洞窟内を熟知している者。地下神殿に繋がっている可能性が最も高い。


「分かった。なら俺が君を守る」


 ランドはそこまで推測して、決意する。こんな暗く寒い所に1人、記憶のない少女を置いていくわけにはいかないし、記憶を喪失している時に少々ズルい気はするが、彼女はまともに会話できる数少ないアマだ。関係を醸成しない手は無い。そして第一に………、

 ランドはこの少女の事を、もっと知りたかった。ここで放り出す選択肢など、ランドの頭には最初ハナから無い。

 そんな事を考えている内にも、少女は変わらずポーカーフェイスでランドをジッと見つめるだけ。それが決断への肯定か否定か分からずランドが困惑していると、


「……名前」


 溜めて、少女が小さい声で言った。「ああ」と、ランドは合点がいったという表情をする。


「俺はランド」


 次いで優しく微笑みながら、


「そして、君の名前はアイリス。………ノーゼント・アイリスだ」

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